甘い罠、秘密にキス

「桜佑のこと、仕事の面でも頼りにしてるんだよ。日向リーダーは、うちの営業課に欠せない存在なんだから」

「……」

「だから早く元気になってよね」

「……ん」

「あ、そうだ。冷蔵庫の中に飲み物やゼリーを入れておいたから、お腹が空いたら食べてね。一応おかゆも余ってるけど…あれはもう食べない方がいいかも」


苦笑する私に、桜佑は「全部食うよ」と優しく目を細める。続けて「伊織」と私の名前を呼ぶと、いつもより熱い手でそっと私の手を取った。


「好き」


たった一言。その2文字の言葉が、私の心を大きく揺さぶる。桜佑の言葉は、たまに魔法みたいに、私の心を掻き乱す。


「……うん」


なんと答えたらいいのか分からず、桜佑の手を握り返しながら頷くと、桜佑は満足気に口角を上げた。


「何かあったらすぐに連絡してね」


私の言葉に、桜佑は目を閉じたまま「うん」と頷く。
そしてその数分後、どうやらやっと深い眠りについたらしく、桜佑から規則正しい寝息が聞こえてきた。


少し寝苦しそうな桜佑の髪をそっと撫でてから、荷物を手にして立ち上がる。そして玄関を出る間際、ふと視界に入ったある物(・・・)に、思わず足を止めた。


(こんな所に飾ってる…)


見覚えのあるボールペン。キラキラとしたお揃い(・・・)のそれは、玄関の棚の上で存在感を放っていた。


「桜佑が持つには、可愛すぎでしょ」


桜佑がこれを使っている姿を想像して、思わず笑みを零す。

なんだか無性に桜佑の体温が恋しくなったけど、そのまま静かに部屋を後にした。

< 141 / 309 >

この作品をシェア

pagetop