甘い罠、秘密にキス

「あ、大沢さん」

「井上さんが僕のこと探してるって聞いたんですけど、何か用です?」

「はい、それはもうずっと探してました」



このタイミングで、とてつもなく面倒なふたりが揃ってしまったことに、思わず小さな溜息が漏れた。

井上さんと話の続きがしたいのに、大沢くんが現れたことにより不可能になってしまった。今その話をしてしまえば当然大沢くんの耳に入るわけで、それこそ秒で社内に広まってしまうからだ。


「佐倉さん、先程の続きは…」

「えっと…またで大丈夫です。どうぞ、大沢さんのところへ」

「…そうですか。お時間いただき、ありがとうございました」


ぺこっと会釈した井上さんが踵を返し、私の横を通り過ぎる。その直後、咄嗟に彼女の腕を掴むと、小さく肩を揺らした井上さんは分かりやすく驚いた顔を見せた。


「なっ、なんでしょう?」

「…すみません。ちょっとお願いが…」


チラッと大沢くんを確認してから、井上さんの耳元に顔を近付ける。大沢くんに聞こえないよう「私が社宅にいたことは誰にも言わないでもらえますか?」と伝えると、井上さんは少し寂しげな瞳で私を捉えた。


「言いませんよ。ていうか、言いたくもないです」


私と桜佑が何かしら繋がっていることを認めたくないのか、井上さんは俯き気味に、独り言のように呟く。

その声は微かに震えていて、怒りを孕んでいるのが分かった。


「絶対に誰にも言わないって約束します。でもその代わり、彼とはもう会わないでください」


再び顔を上げた井上さんに強い眼差しを向けられ、思わず息を呑んだ。

その圧の強さに何も言い返せないでいると、井上さんは一言「絶対に渡さないんだから」と呟き、再び大沢くんの方へ向かって歩き出した。


──怖かった。

離れていくふたりの背中を見つめながら、安堵の息を吐く。

人気者と関係を持つと、こういうリスクがあることくらい分かっていたはずなのに。実際に攻撃を受けると、想像していたよりもダメージが大きい。


「渡さない…だって」


手元にある栄養ドリンクを見つめながら、無意識に独り言が零れた。

これからどうなるんだろう。

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