甘い罠、秘密にキス
「先程仰っていた件、さっそくまとめてみました」
どうやら井上さんは仕事の話で桜佑のところに来たらしい。彼女は桜佑にクリアファイルごと書類を渡すと「今ご確認していただけますか?」と、桜佑の隣で足を止めた。
その様子を、少し離れたところから耳を澄ませながらこっそりと見守る。なんだか悪いことをしている気分だけど、どうしてもふたりの会話が気になってしまう。
「あの短時間でこんなに調べてくれたんですか。ありがとうございます、助かります」
「とんでもない。私も前から気になっていた件だったので、あっという間に出来ちゃいました」
耳に飛び込んできた、相性抜群の会話。
嬉しそうに目を細める桜佑を見て、なぜか胸がチクッと痛む。
「他にも気になることがあれば何でも仰ってくださいね。このプロジェクトは必ず成功させたいので」
桜佑にアプローチするために話しかけたのかもなんて、そんな疑うような気持ちで盗み聞きしてしまったことを申し訳なく思ってしまった。
むしろ意識が高く、仕事もできる。そんな井上さんがとてつもなく眩しく見える。
その隣に立っている桜佑も、体調の悪さを微塵も感じさせない。昨日あんなにも弱って甘えまくっていたくせに、その面影はどこにもなく、ギャップが凄まじい。
そのせいか、いま私の瞳に映る桜佑は、伏し目がちな目元も、書類を捲る長い指も、全部カッコよく見えてしまう。
──ダメだ。ふたりが並んでるとこ、これ以上見たくないかも。
「川瀬さん、私お手洗行ってくるね」
「あ、はい」
なんだか自分が器の小さい人間に思えて、それがとてつもなく嫌で、ふたりから逃げるようにオフィスを出た。
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結局あのあと、桜佑とは必要最低限の会話しか出来なかった。そのため、桜佑のために買った栄養ドリンクは、予定通り彼のデスクの上にこっそり置いて、メッセージだけ送っておいた。
今日の晩御飯も、もちろんコンビニで買ったもの。おにぎりとサラダのみをテーブルに並べたけど、あまり食欲が湧かず、まだ手をつけていない。
ミネラルウォーターを飲みながらぼんやりとテレビを見ていると、テーブルの上に置いていたスマホが突然着信音を鳴らした。
画面を確認すると、そこに表示されていた“日向 桜佑”の文字に、自然と胸が高鳴った。