甘い罠、秘密にキス

『こんな時間に誰だよ』


独り言のようにボソッと呟いた桜佑に「宅配便じゃないの?」と声をかける。


『何も頼んでねえもん。無視しよっかな』

「なんでよ。とりあえず出てみたら?」


居留守をつかおうとする桜佑に、とりあえず出るように促す。すると桜佑は、小さく溜息を吐いたあと『分かった』と渋々頷いた。


『電話、繋げたままでいい?』

「あ、うん。全然いいよ」


むしろ繋げててほしい。なんて舞い上がりながら返事をしたのはいいけれど。
喜べたのはこの時までで、どうして電話を切らなかったのかと、後に後悔することになる。


『はい』


ガチャ、とドアを開けた音が微かに聞こえた。桜佑はスマホを持ったままにしているのか、彼の声もなんとか聞き取れる。


『あ、日向リーダー。夜分遅くにすみません』


次に聞こえてきた声に、思わず耳を疑った。

勝手に宅急便のお兄さんだと想像していたけれど、その声はお兄さんどころか明らかに女の人だったから。

しかも今、日向リーダーって言ったよね。てことは、間違いなく会社の人ってことで…


『どうしました?』

『あの、日向リーダーにこんなことをお願いするのは大変心苦しいのですが…』


しかも、なんとなく聞き覚えのある声。それも、今日聞いたあの人(・・・)の声と、よく似ている。

──なんだか、嫌な予感がした。


『実はトイレの電球が切れてしまって。交換したいのですが、この通りチビなのでどう頑張っても届かなくて…』

『トイレって、井上さんの部屋の?』

『あ、はい。そうです』


井上さん──桜佑は今、間違いなく彼女の名前を口にした。

桜佑の部屋に訪れた人物が井上さんだと分かった瞬間、頭が真っ白になって、胃にキリキリとした痛みが走った。

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