甘い罠、秘密にキス
どうして桜佑に声を掛けたのだろう。
今日のあの発言があったせいか、どうしても胸の奥がモヤッとしてしまう。
けれどよくよく考えてみれば、桜佑くらい長身だと電球なんて簡単に交換しちゃうだろうし、最近仕事で接点が多いから声を掛けやすかったのかもしれない。
基本的に電球の交換は自分で出来ちゃう私にとって、井上さんみたいな小柄な人の気持ちは理解しづらいけど、もし私が井上さんなら同じことをしたのかも。
それに対してモヤモヤするなんて…自分の器の小ささに思わず呆れてしまう。
やっぱりあの時、電話を切ればよかった。そしたらこんな気持ちにはならなかったのに。
『あー…ちょっと今電話中なんで、ほか当たってもらえます?確か大沢が脚立を持っていたような…』
『あ、そうなんですね。お取り込み中にすみませんでした』
少し考える仕草を見せたあと、なぜか断ってしまった桜佑は『お力になれずすみません』と丁寧に謝罪する。
それに対し井上さんは、『いえいえ』と分かりやすく沈んだ声を出すと『もしかしてその電話の相手って…』と続けて口を開いた。
『彼女さん…ですか?』
控えめに放たれた質問に、桜佑は躊躇なく『そうですけど』と返す。
『それが何か?』
『いえ、お邪魔しました!』
バタン、とドアが閉まる音が聞こえた。
電話の向こうには、もう井上さんはいないはずなのに、なぜか私の胸はモヤモヤしたままだった。