甘い罠、秘密にキス
「…ありがとう」
胃薬の箱を見つめながらぽつりと呟くと、桜佑は私の顔を覗き込むように腰を折り、私の額に手を当てる。
「俺の風邪がうつったか?」
熱はねえな。桜佑はそう続けると、額に当てていた手で今度は私の頭をぽんっと撫で「無理すんなよ」と優しく目を細めた。
なんでだろう。胸の奥がきゅうっとして苦しい。今度は胃じゃなくて、心臓が止まりそう。
「…桜佑こそ、体調は?」
「俺はもう大丈夫。回復した」
「手が冷たいけどいつからそこで待ってたの?連絡くれたらよかったのに」
「朝一でクライアントのとこ行く予定があるからついでに寄った。連絡しようか迷ったけど、ビックリさせてやろうと思って」
「ビックリって…寒かったでしょ。また風邪ぶり返したらどうすんの」
「そしたらまたお粥作ってくれる?」
「……今度はレトルトにする」
どれくらいの時間ここにいたのだろう。クスクスと悪戯っぽく笑う桜佑の頬が少し赤くなっていて、なんだかいつもより幼く見えた。
そんな桜佑は背が高くてよく目立つし、悔しいけど顔も整っているからか、さっきから周りの視線が痛い。道行く人たちが桜佑に目を奪われているのが分かる。
「桜佑、ちょっとこっちに来て」
時折聞こえる黄色い声や、うっとりとした視線に居心地が悪くなり、咄嗟に桜佑の腕を掴むと、そのままひとけのない路地裏に連れ込んだ。
キョロキョロと周りに人がいないことを確認してから手を離すと、桜佑は「伊織ちゃん」と甘ったるい声を出して、ゆるりと口角を上げた。
「こんな所に連れ込んで、エロいことでもする気?」
「んなっ、そんなわけ…っ、」
振り返ると目の前に桜佑の顔があった。
思わず息を呑む私に「俺はしたい」と小さく放つと、桜佑はそっと私の唇を塞いだ。