甘い罠、秘密にキス




「桜佑が焼いてくれる?」

「ん」


──2日後の夜。
私と桜佑はいま、我が家のキッチンに並んですき焼きを作っている。
本当は外食に誘われたのだけど、今は桜佑と外で会う気になれず、だからといってあの社宅に行くのも嫌で、私の部屋に来てもらった。


「伊織、ずっと気になってたんだけど…」

「…うん?」


隣に立っている桜佑が、鍋で牛肉を焼きながらふいに話を切り出すから、小首を傾げながらその横顔を捉える。


「最近俺のことずっと見てるだろ」

「えっ、」


ギクリ、と思わず肩が揺れた。横顔を見ていた視線は、そろりそろりと彼の手元に落ちていく。


「仕事中、お前からの視線をものすごく感じる」

「……」


手際よくお肉を焼いたあとは、私が切った不揃いな野菜たちを、桜佑は鍋に綺麗に並べながら入れていく。その男らしい骨ばった手をじっと見つめながら、会社での自分を思い返す。

確かにここ最近の私は、暇さえあれば桜佑を見ていた。でも周りにバレないようにこっそりと見ているつもりだった。

それが本人にバレバレだなんて思わなかった。私は絶対に探偵やスパイにはなれない人間だ。


「何か気になることでもあんの?」

「……」

「それとも、仕事でなんかやらかした?」

「…それは違う」


実は、井上さんのアピールはあれからずっと続いている。隙あらば桜佑に話しかけ、さりげなくボディタッチをする。今日は上目遣いで桜佑を見つめながら、おねだりもしているところも見てしまった。

もちろんそれは仕事に関するおねだりなんだけど、やっぱりモヤモヤしてしまう。

いつか桜佑の気持ちが井上さんに傾いたら…とか、私も井上さんのように可愛く甘えられる女になれたらいいのに…とかそんなことばっかり考えているせいか、気付くと桜佑に視線が向いていた。


「あ、もしかして寝癖ついてた?」

「…ううん」

「てことは、俺に見惚れてたとか」

「………うん」

「……………………うん?」

「ちょ、桜佑、砂糖が全部床に落ちてる!」


それまで手際よく調味料を入れていた桜佑が、突然砂糖を盛大にこぼした。慌ててしゃがもうとすれば、すかさず伸びてきた手が私の手首を掴んで制した。

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