甘い罠、秘密にキス
「…ごめん、ヒール履いたせいかな」
「誰もデカさの話はしてねえよ」
「ならどういう…」
「お前の雰囲気が違うから、みんなが見てたって話」
なぜだろう。桜佑の言葉に、棘を感じる。
もしかして、あまり桜佑の好みじゃなかったのかな。それとも普段と違いすぎて、女装したようにしか見えないとか。
「なんか噂になってるらしいじゃん。お前が綺麗になったって」
「藤さんとの会話を聞いてたの?あの人はお世辞が上手い人だから、真に受けなくていいのに」
「…あいつのこと、よく分かったような言い方するんだな」
「ちょ、あいつって…」
「てか簡単に口説かれてんじゃねえよ。お前見てるとヒヤヒヤする」
「さっきから言ってる意味が分からないんだけど。てか、なんでそんなに不機嫌なの」
藤さんの名前を出した途端、桜佑の眉間に皺が増え、声のトーンも低くなった気がした。
その態度に理解が出来なくて、思わずこっちも喧嘩腰になってしまう。
ていうか、まだ片付けも残っているし、会場にはたくさんの社員がいるというのに、どうして私は今、桜佑から説教を食らわなきゃいけないのだろう。
ここに呼び出された意図が全く分からない。
「もしかして、今日の私そんなに変だった?」
「…は?」
「ゴリラが着飾ってんじゃねーよって思ってる?」
「誰もそんなこと…」
「結構勇気出して来たんだけどな…」
何だかんだ、桜佑からの反応を一番気にしてた。パーティーが始まる前、優しく目を細めてくれたのを見て少し安心したのに。まるで昔の桜佑に戻ってしまったかのような態度に、一気に自信をなくしてしまう。
「違う、そうじゃなくて…」
なにやらボソッと呟いた桜佑は、突然綺麗にセットされた髪をくしゃっと掻いた。そして一度大きな溜息を吐いたかと思うと、真っ直ぐ私を捉える。
「俺はまた間違えてるな…」
「…え?」
「変だなんて思うわけねえだろ。今日の伊織、めちゃくちゃ綺麗」
桜佑の声が穏やかになった。その目は嘘をついているように見えなかった。
今日は“綺麗”という言葉を何度も貰ったはずなのに、桜佑の口から出たその言葉は何よりも特別に感じて、一瞬で心が満たされるのが分かった。