甘い罠、秘密にキス
「…連れて帰ればいいのに」
口をついて出た言葉は、本心だ。
一刻も早く会場に戻らなくてはいけないことは分かってる。でも正直、桜佑が全然足りない。身体が、桜佑ともっと一緒にいたいと懇願している。
そのせいか思わず出てしまった言葉に、桜佑は目を丸くして驚いた顔を見せた。
私の顎に添えられていた手が、頬を伝って横髪を撫でる。
「お前、打ち上げは?」
「行かない」
「良い子じゃん」
桜佑は満足げに微笑むと、突然内ポケットを漁り始めた。出てきたのは小さな財布のようなもので、そこからお札を取り出した桜佑は、そのまま私の手にそれを乗っけた。
「ちょ、何で急にお金…?」
「こないだのバー、覚えてる?」
「バー…?」
「ふたりで飲んで、お前がぶっ潰れたとこ」
忘れるわけない。そのお店で飲んだことはハッキリと覚えてる。ただ店を出た記憶はキレイさっぱりとなくなっているけど。
「桜佑の行きつけのお店…だよね」
「うん。俺まだ片付けとかあるから、タクシーで先にそこ行って待ってて」
「…いいけど、お金はいらないよ。別にタクシーじゃなくてもいいし…」
「あほか、今のお前にひとりで歩かれたら俺が困るんだよ。てかなんかあっても嫌だし、絶対タクシー使え。そしてなるべく誰の視界にも入るな」
「そんな無茶な…」
「こっちの用が終わったらすぐに向かうから、絶対帰るなよ」
矢継ぎ早に言葉を紡いだ桜佑は、私の頭をぽんっと撫でると、踵を返し会場の方へ戻ってしまった。
その背中が見えなくなるまで見届けたあと、鳴り止まない心臓が落ち着くまで、暫くそこから動けないでいた。