甘い罠、秘密にキス



桜佑に言われた通りタクシーに乗り、辿り着いたのは路地裏にあるこじんまりとしたおしゃれなバー。店の前に立ち、恐る恐るゆっくりとドアを開ける。

前回来た時からそんなに月日は流れていないはずだけど、店内に足を踏み入れた瞬間、なんだかとても懐かしい気持ちになった。

そういえばあの時はまだ桜佑のことを天敵だと思っていて、言葉を交わすどころか目を合わせることすら避けて毎日を過ごしていたっけ。

まさかその相手と、手を繋ぎ、キスをして、身体を重ね、婚約まですることになるなんて。あの時の私は、こんな未来を想像すらしていなかったな。


「いらっしゃいませ」


マスターに声を掛けられ、会釈しながら前回と同じカウンター席に腰を下ろす。

前回はここで酔い潰れてしまったわけだけど、お店には迷惑がかからなかったのだろうか。私の顔、覚えられてたら恥ずかしいな。と、内心ヒヤヒヤしながら「こんばんは」と控えめに挨拶をすると、マスターも穏やかな笑顔で「こんばんは」と返してくれた。


改めて店内を見渡してみると、おしゃれなのに落ち着く雰囲気があって、居心地がいい。

あの時は訳が分からないまま半ば強制的にお店に連れ込まれたから、あまりゆっくり出来た記憶はないけれど。私もこのお店の雰囲気、結構好きかも。


「あれえ?なんか見覚えのある子がいる」


キョロキョロと店内を見渡していた時だった。お店に入ってきたひとりの男性がゆっくりと私に近付いてきたかと思うと、そのまま隣の席に腰を下ろし、覗き込むようにして話し掛けてくるから思わず目を見張った。

だけどこの間伸びした口調、聞き覚えがある。少しチャラそうな見た目に、気さくな感じ。確かあの日もここで会った、桜佑と知り合いの…


「すめらぎ…さん?」

「ピンポーン。凄い、覚えてくれてた」


ニコッと微笑んだ皇さんは、私の奥の席を一瞥してから「ひとり?」と尋ねてくる。

「あとで桜佑が来ます」と答えると「ふうーん」と含みを持たせたような相槌を打った彼は、ニヤリと口角を上げた。

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