甘い罠、秘密にキス
ぼーっとしてちゃダメだ。今日はこれから2社回らないといけないのに、浮かれていたらミスしてしまう。
そうだ、用意した見積書の最終チェックしよ。そういえば別件で納品日も確認しなきゃだった。あとは…
「佐倉さん、頑張ってるかい?」
「…え?」
ふいに後ろから聞こえてきた声に弾かれたように振り返ると、そこにいた人物に思わず目を見張った。
目尻を下げて「疲れは出ていないかな?」と優しい声を掛けてきたのは、なんとあの総務部の課長。
労いの言葉を掛けられたことにもビックリだけど、なにより佐倉さん呼びに驚いた。
今日の私は、あのパーティーの時とは違い、いつも通りの見た目なのに。あの課長が私を完全に女として見ているのが分かる。
「…課長、お疲れ様です」
「これから外出かな?外は寒いから風邪引かないように」
「あ、りがとうございます…」
ちょ、そのキャラどうした。逆に不気味なんだけど。
なんだか調子が狂うな…。
「あ、課長。その荷物半分持ちますよ」
キャラ変に驚き過ぎて気付くのが遅くなったけど、よく見ると課長は両手で数冊のファイルを抱えている。
男の人ならこれくらいの量は軽々と持ってしまうのだろうけど、課長は元々腰が悪いと聞いている。
この見た目のせいか、男性から荷物持ちを頼まれることなんて日常茶飯事。別に私も頼まれることは嫌いじゃないから、今回もその延長線上で声をかけたのだけれど。
「いやいや、このくらい平気だよ」
「でも課長、腰が…」
「最近調子がいいんだ。それに、女性にこんなこと頼むのもなんだか悪い気がするし、他の社員にもなんて言われるか」
……え、どういうこと?一体何が起きているの?