甘い罠、秘密にキス

なんだか夢を見ているような感覚だ。人ってここまで変わるのか。桜佑が釘を刺してくれたお陰なんだろうけど、それにしても調子が狂う。


「…そうですか。何かお困りのことがあればいつでも仰ってくださいね」

「ありがとう佐倉さん。頼りにしているよ」


ファイルを抱えたまま離れていく課長を見つめながら、唖然としてしまった。

女性らしく見られたいと思っていたはずなのに、いざそういう扱いを受けると結構戸惑う。

やっぱり今更変わろうとしなくていいのかな…いやでも、桜佑がせっかく協力してくれてるわけだし……うーん……。


…って私、また桜佑のこと考えてる。だめだ、とりあえず今は仕事に集中──…


「あ、佐倉」

「っ…!」


気持ちを切り替えようとした矢先に、桜佑の声。いつの間にか近くにいたらしい彼が、上司の顔で私を見下ろしていて、ビクッと大きく肩が揺れた。


「こないだ何か相談したい事があるって言ってたよな」

「あっ…その件は伊丹マネージャーに聞いたのでもう解決しました。ご報告が遅くなり申し訳ありません」


桜佑に声を掛けるのが恥ずかしくて伊丹マネージャーに相談しました、なんて言えない。

言えないけど、態度でバレそう。絶対視線が泳いでる。

だって、不意打ちの桜佑は心臓に悪い。あれ、私いままでどうやって接してたっけ。


「それならよかった。他に困ったことは?」

「今のところは何もありません」

「…じゃあ、何か変わったことは…」

「変わったこと?…は特にないですね。あ、すみません私そろそろ出ないといけなくて…」

「…そうか、呼び止めて悪かった。気を付けて」


ぺこっと会釈して、素早くバッグを持ち逃げるようにオフィスを出る。

どうしよう、結局最後までまともに桜佑の目を見ることが出来なかった。


未だに心臓がばっくんばっくん音を立ててる。好きな人を前にすると、こんなにも心が落ち着かないものなのか。

さすがにこの状況が続くのはまずいけど、数日経てば慣れるのかな。


あーもう、これだから恋愛初心者は…。

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