甘い罠、秘密にキス
「え、なに。怒ってんの?」
「いえ、全く。むしろ歓迎してます」
「嘘だろ。明らかにガン飛ばしてるけど」
怒るどころか、さっきからずっとキュンってしてます。なんて、さすがにキャラじゃなくて言えないけど、どうか誤解しないでほしい。こうして眉間に力を入れてなきゃ、好きがダダ漏れらしいから。
ただ、やっぱり直視するのは恥ずかしくて、今にも視線を逸らしてしまいそう。
「それより、少しお時間よろしいですか?」
「うん。どうした?」
見た感じ、桜佑はいつも通りだ。特に変わった様子はなく、上司の顔で私を見ている。
てことは、あの噂はまだ桜佑の耳に入っていないのかな。もし知っててこの態度なら、私の気持ちは疾うにバレていたということなのだろうか。
「………日向リーダーは、最近流れている噂のことはご存知で…?」
「え?ごめん聞こえなかった」
ごにょごにょと言葉を紡いだせいか、私の声は彼の耳に届かなかったらしい。桜佑は「もう1回言って」と私に一歩近付きながら首を傾げる。
「あ、えっと、さっき大沢くんに声をかけられて、好きな食べ物は何かって聞かれて、思わずラーメンは大盛り食べちゃうこと暴露しちゃって…」
待て待て、慌てて誤魔化したのはいいけれど、私は一体何の話しをしているんだ。忙しい彼をわざわざこんな所で呼び止めて、何の脈絡もない話をするなんて、テンパり過ぎにも程がある。
私が伝えたいのはそんなことでも噂話のことでもなくて、ただ今晩の予定を…
「…大沢が、好きな食べ物を?」
「あ、はい。来週のA社訪問の時に、ついでにランチをしようって話になって、そこから好きな食べ物の話に…」
「…ふうん」
意外にも食いついてきた桜佑は「ラーメンか…お前らしいな」と独り言のように零す。続けて「他にどんな話をした?」と問われ、思わず息を呑んだ。
「……他は、特になにも…」
視線を逸らしながら横髪を耳にかけると、ふと指にピアスが触れて、ドキッと心臓が跳ねた。