甘い罠、秘密にキス
「そ…うだよね。うん、私もそう思う」
ちょっと浮かれ過ぎてたかな。桜佑の表情がなぜか胸の奥で引っかかって、モヤモヤしてしまう。
「課長に女扱いされた時に、実は物凄く違和感を感じたの。荷物すら持たせてくれなくて、なんか全然しっくりこなくて…やっぱり今更無理に変わろうとしなくてもいいのかもね」
「…お前が急成長し過ぎなんだよ…」
「そんな大袈裟な(全部桜佑の力なのに…)」
平常心を保っているつもりだけど、敬語で話すことを忘れるくらいには動揺していた。表情に出ないよう眉間に皺を寄せてはいるけれど、心の奥は逃げたい気持ちでいっぱいだった。
別に何かを期待していたわけじゃない。桜佑に“男前”って言われることには慣れているはずだし、むしろオスゴリラに比べたら褒め言葉のようなもの。
それなのに、どうして落ち込んでいる自分がいるのだろう。最近の桜佑は“可愛い”とか“綺麗”という言葉を簡単にくれていたから、ちょっと麻痺してたのかな。
恋って怖い。上がったり下がったり、簡単に心が乱れてしまう。
「あ、そういえば先ほど伊丹マネージャーが日向リーダーのこと探してましたよ。早くオフィスにお戻りになった方がいいかと」
自分から呼び止めたくせに早く戻れだなんて、おかしな事を言う部下だ。でも今の私には、今晩お暇ですか?なんて声をかける体力は1ミリも残っていなかった。
だってやっぱり、好きな人には“男前”って言葉より“綺麗”や“可愛い”って言葉を貰いたかったから。
私って結構面倒な女だな。ていうか戦闘力弱すぎでしょ。きっとこれも経験が浅いせいだ。
噂が流れているわけだから、もたもたしている場合ではないのだけれど…仕方がないから明日にでも出直そう。