甘い罠、秘密にキス




「…井上さん、そこで何してるんですか」

「見張りです」

「見張り…?」

「佐倉さんのことを守っています」


休憩スペースでスツールに腰掛け、コーヒーを飲みながらぼーっとしていると、いつの間にか隣には井上さんが座っていた。

特に飲み物を飲むわけでもなく、周りをキョロキョロと気にしながら座っているだけの井上さんを不思議に思いつつも、ジャケットのポケットから飴をひとつ取り出して彼女に差し出す。


「良かったらどうぞ」

「えっ…いただいてもいいのですか…?!」


食べるの勿体ない…そう呟きながら受け取った井上さんは、その飴を高く掲げて拝むように見つめている。


「イオ様からの…プレゼント…」

「大袈裟過ぎませんか。そんな大した物じゃないのに…」


ポケットにお菓子を忍ばせるようになったのは、つい最近のこと。いつもチョコをくれる川瀬さんを見習って、女子力アップのために始めた。

でも、これは川瀬さんがするから可愛く見えるのであって、私がしてもきっと誰も何も感じない。むしろいつもお菓子を持ち歩く、ただの食いしん坊キャラになっていそうだ。


「…はぁ」


昨日は結局、山根くんと謝罪に向かった桜佑は、帰宅したのが23時を回っていたらしい。そして今朝も対応に追われ、常に慌ただしくしていた。

本当は何か力になりたいのだけど、あまり話し掛けられる空気でもなく。それに桜佑は色々な部署に走り回っているみたいで、営業部にいる時間も短い。

伊丹マネージャーから聞いた話だと、先方は温厚な方だったらしく、納期を数日伸ばしてくれたらしい。それでも急がなければいけないことには違いないから、新人の山根くんではなく、桜佑が対応しているようだ。

無力な自分が歯がゆい。そのせいか、無意識に溜息が漏れていた。

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