甘い罠、秘密にキス


トイレから出て、腕時計を確認する。少し時間に余裕があるため、そのまま休憩スペースに向かうことにした。

廊下を歩きながら、前より少し伸びた横髪を耳にかける。桜佑から貰ったピアスが髪で隠れないように、無意識に動く手。これが最近の癖になりつつある。

このまま髪を伸ばしてしまおうか。ロングまではいかなくても、せめてひとつに結べるくらい伸ばしてみたいかも。
いや待てよ、今まで一度も自分の髪を結んだことがないのに、今更上手くセット出来る気がしない。やっぱりこのままショートを貫こうか…。

…こういう時こそ桜佑に相談してみようかな。出来ることなら、桜佑の好みに合わせたいし。


そんな乙女みたいなことを考えながら、廊下を進んでいく。この角を曲がれば、すぐそこが休憩スペースだ。


「──そういえばさっき、佐倉さんとランチしてきたんすよ」


ふいに鼓膜を揺らした陽気な声に、ピタリと足を止めた。

この声は間違いなく大沢くんの声だ。先にオフィスに戻ったのかと思っていたけれど、どうやら彼も休憩スペースに寄っていたらしい。

普段なら気にせずそのまま彼に声を掛けるけど、私が足を止めたのにはふたつ理由がある。

ひとつは大沢くんの口から私の名前が出たから。そしてもうひとつは、チラッと大沢くんの姿を確認した時に、桜佑と山根くんの姿も見えたからだ。

変な噂も流れているため、さすがにあの輪に入る勇気はない。それにタイミングいいのか悪いのか、なぜか私の話題になっている。

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