甘い罠、秘密にキス

本当に一瞬の出来事だった。

歓迎会のあと二次会組と別れた私と川瀬さんは、ふたりで近くのコンビニに向かった。そこにお迎えに来ていた川瀬さんのイケメン彼氏に彼女を引き渡したあと、私は帰路につく予定だった。


「伊織」


川瀬さんと別れ、コンビニを出て駅に向かう途中のこと。不意に名前を呼ばれ弾かれたように振り返れば、視界に飛び込んできたのは何とあの桜佑で。


「え、あんた二次会は…」

「断ってきた」

「いや、主役が断るなんて…」


許されるの?そう続けようとしたけれど、声になる前に突如腕を掴まれ制されてしまった。


「伊織、ちょっと付き合って」

「……え?」

「飲み直すぞ、ふたりで」


そのまま強引に腕を引かれ、辿り着いたのは路地裏にあるこじんまりとしたオシャレなバー。

私の身に一体何が起きているのか。
考える余裕も、逃げる隙も与えられないまま、気付けば私はバーのカウンター席で桜祐の隣に座っていた。

近くにこんな店があるなんて知らなかった。

一周回ってそんなことを考えていると、桜佑が先に口を開いた。


「お前こないだ夜遅くに駅にいたろ」

「こないだ…?もしかして“夜の部”の日のことかな」

「なんだそれ。夜の部活か?なんか卑猥なワードだな」

「どこがよ。普通に女子会だから」


「女子…?」と小馬鹿にしたように見下ろしてくる桜佑をギロリと睨む。

どうせ私は女には見えませんよ、と言い返す気にもなれず「香菜も一緒だったよ」と話を逸らすと、桜佑は「あいつも地元(こっち)にいんのか」と呟いた。

< 25 / 309 >

この作品をシェア

pagetop