甘い罠、秘密にキス
「実は、俺が今まで勉強もスポーツも頑張ってた理由は、お前に勝ちたいからとかそういうのじゃなくて単純にお金の問題だった」
「え、そうなの?」
「うん。将来、親父みたいな人間にならないためにも、そして伊織を養えるようになるためにも、大学を出て、いい企業に就職したいって気持ちが強かったから」
私の頬を撫でながら、ぽつぽと話し始めた桜佑は「それにおばさんにも認めてもらえるような男にならないとダメだったしな」と力なく笑う。
「でも、貧困家庭で育った俺が大学まで行こうと思ったら簡単ではなくて。成績優秀者なら学費や奨学金の免除があったりするから、そのために必死に勉強とかしてた。その裏でバイトを掛け持ちしたり、とにかく多忙な生活を送ってた記憶がある。皇曰く、その頃の俺は目がギラついてて怖かったらしい」
あ、その話、私も皇さんから聞いたことがある。
“あの頃の日向、勉強やバイトで毎日忙しそうで、しかも一切手を抜かない完璧主義で、目が物凄いギラギラしてて、それはそれは近寄り難い存在で…”
桜佑が努力家なことは知っていたけれど、そこにはちゃんと理由があったんだ。しかもその理由のひとつに、私が関係していたなんて。
バカだな私。よく考えれば分かる話なのに、どうして気付けなかったんだろう…。
私の頬に添えられている手の上から、自分の手を重ねる。たくさんのことを乗り越えてきた、その骨ばった男らしい手を撫でると、彼の瞳が微かに揺れた気がした。