甘い罠、秘密にキス
「他に手を差し伸べてくれる人はいなかったの?」
「親父側のばあちゃんが少し援助してくれたけど、数年前に亡くなった。他は全然だったな。母親に至っては連絡先も知らねえし」
話を聞くだけでも胸が押し潰されそうになる。まず、親に甘えられない環境が私には想像出来ない。
私も家に父親がいなくて寂しいと思ったことはあるけれど、そんなの比じゃない。桜佑はずっと孤独と戦っていたんだ。
「桜佑…」
思わずその大きな背中に手を回しぎゅっと抱き締めると、桜佑もそれに応えるように私を包み込んだ。
桜佑は私の髪をくしゃりと撫でると、そっとピアスに触れた。私の耳にピアスがあると落ち着くのか、桜佑は最近隙あらばこうしてピアスに触れてくる。
そして嬉しそうに目を細めるから、実はこの瞬間が好きだったりする。桜佑が喜んでくれたら、私も幸せな気持ちになるからだ。
「伊織」
耳元で響く、低くて少し掠れた声。この声と桜佑のにおいに包まれて、私の身体は自然と熱を帯びる。
そんな私を余所に、桜佑は再び私の髪を撫でる。そしてさっきより強く私を抱き締めた桜佑は、続けてゆっくりと口を開いた。
「俺は幸せな家庭っていうのが正直よく分からない。でも自分の親みたいにならない自信はあるから。てか、ならないって約束する。何となくだけど、伊織となら幸せな家庭を築ける気がするし」
「うん、私も」
私がゆっくりと顔を上げると、すぐに桜佑と視線が絡まった。吸い寄せられるように重ねた唇は、とてもあたたかかった。