甘い罠、秘密にキス

そもそも、伊織は昔から綺麗な顔立ちをしていて、それでいて背が高くスタイルも良くて、クラスでも一際目立った。

しかもおばさんに男のように育てられたからか活発で元気が良くて、だけど優しくて思いやりがあって、三姉妹の末っ子だからかしっかりしているし、周りに合わせるのも上手い。

男女問わず人気があるため、目を離すとすぐに他の奴に誘われていた。

そんな伊織をそばに置くために、伊織を“男”だと言って縛り付けた。あの頃の俺はまだガキで、おばさんも息子のように扱っているから自分もそうしていいものだと勘違いしていた。

その言葉に伊織が傷付いているなんて気付くことなく、“伊織を独り占めしたい”という気持ちだけで行動して…そんな自分のことしか考えていない俺に、伊織の気持ちが傾くはずもなく。

嫌われていたのだと気付いたのは、伊織が俺に内緒で女子高を受験し、俺との接点をなくした時だった。

伊織を逃さないように必死になっている裏で、成績が優秀でなければならないというプレッシャーから勉強ばかりしていた俺は、伊織の気持ちが離れていることに気付けなかったんだ。


あの時の絶望感は、今でも鮮明に覚えている。
たったひとつの心の支えが、消えてなくなった瞬間だったから。


だけどあの時に道を踏み外さなかったのは、やっぱりおばさんのお陰だった。
伊織に逃げられて落ち込んでいる俺に、おばさんは優しく目を細めながらこう言った。


「別に世の中には女の子なんていっぱいいるんだし、伊織だけに拘らなくていいじゃない?でも、どうしても伊織がいいって言うなら、こんなことで挫けてしまうような男ではダメよ。あの子は本当に逞しく育ってくれたから、それ以上に頼れる男じゃないと、私も伊織を任せられないし」


今思えば完全に煽られていただけなんだろうけど、何もかもを失っていた俺には、その言葉が強く刺さった。

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