甘い罠、秘密にキス
おばさんの言う通り、好きな女を守るためにはこのままではいけない。自分の親のようにならないためにも、一人前の男になって必ず伊織を迎えに行くと、その時心に決めた。
それからもおばさんは度々家に招いてくれて、生活が苦しい俺に相変わらずあたたかいご飯をご馳走してくれた。
その度に伊織への気持ちをおばさんに伝えた。自分の気持ちが本気だというのも知ってて欲しかったから。
そしてこんな俺をあたたかく見守ってくれるおばさんも俺にとって大切な存在になり、伊織だけでなく伊織の家族も含めて幸せにしたいという気持ちがどんどん強くなった。
伊織に会わなくなってから数年。
社会人になり、本社勤務になった俺は地元から離れ、なかなかおばさんにも会えなくなった。
そんな中、たまたま耳にした田村リーダーの休職の件。これを機に、指導や勉強を兼ねて本社からひとり異動になると聞いて、俺は迷うことなく立候補した。
久しぶりに会う伊織は、驚く程に綺麗さを増していた。もしキャラ変して化粧バチバチの別人になってたらどうしようかと若干ビビっていたけれど、そういう面では昔のままだった。
高校でも背が伸びたのか、スラリとした体型に小さな顔。キリッとした目に、透き通るような瞳。凛とした横顔に、一瞬で目を奪われた。
いい意味で変わっているけれど、男女問わず人気なところは変わっていない。あまりにも綺麗過ぎて、伊織と目が合うと頭が真っ白になって、冷静でいられなかった。
そんな俺とは反対に、伊織は“初めまして”発言で俺を突き放す。すぐに受け入れてもらえないことは分かっていたけれど、俺の心は簡単に抉られ、口から出るのは昔の自分のような台詞ばかりだった。
あ、これ以上溝が深まったら完全に終わる。
すぐに頭の中で警報が鳴り、数日間は必要最低限の会話は避けた。
そんな中分かったことがひとつ。伊織は今でも周りから“イケメン”と言われ、度々男のように扱われているということ。そして昔と変わらずそれを受け入れている伊織を見て、罪悪感が募っていった。
そして迎えた歓迎会の日。今の支社での生活も、伊織を視界に入れることもだいぶ慣れてきたのもあり、伊織との距離を縮めるチャンスをずっと狙っていた。
何とか二次会組から逃げ、伊織とふたりきりになれて、バーに入ったと同時に今度こそ間違えないと心に誓った。
──それなのに。
「そんなに女として見られたいなら女らしくすればいい話だろ」
「どの口が言ってんの」
いやほんと、どの口が言ってんだよ。
「その恋愛が出来たら苦労しないっての」
「だったら俺としてみたらよくね」
「よくねえ」
だよな。分かる。
恋愛経験値低すぎて、距離を縮めるどころか空回ってる。