甘い罠、秘密にキス

両親の挨拶も済んで、正式にプロポーズしてから数週間。伊織の左手薬指には、俺が渡した指輪が光っている。

今はまだ別々に暮らしているけれど、週に数回伊織が俺の部屋に泊まりにきていて、部屋にはだんだんと伊織の物が増え、伊織が買ってきたゼクシィには数箇所付箋が貼られていて。

昔の俺とは全然違い、最近何もかもが順調過ぎて、たまに長い夢でも見ているんじゃないなと不安になる時があるけれど、それを見るだけで俺は幸せを感じられて、これは夢じゃないんだって安心出来た。

避けられていた時のことを考えたら、伊織と話が出来るだけでも奇跡のようなものなのに。その伊織が俺の隣で笑って、俺の名前を呼んで、俺を好きだと言ってくれることが本当に凄くて、それだけで胸がいっぱいになる。

…好きだな。


(ずっと見ていられる…)


未だに卵焼きと格闘する伊織を見つめながら、思わず笑みが零れる。

そういえばこの間、入籍はいつするかという話になった時、伊織は迷うことなく「4月にしよう」と言った。

正確には、4月の俺の誕生日にしようと。


ふたりの記念日を、わざわざ俺の誕生日にする必要はないと言ったけれど

『桜佑が生まれてきてくれた、私にとっても凄く大事な日だから』

伊織はそう言って引かなかった。

そう言えば、昔はよくこの世に生まれてこなければ良かったと思ったっけ。両親に愛されず、生きる意味が分からなかったから。

だけど自分の誕生日を結婚記念日にしたら、俺にとっても大事な日になる。てことは、毎年誕生日になると、生まれてきて良かったと思える気がする。それなら、誕生日でも悪くないかも。

俺が首を縦に振ると、伊織は「花嫁修業しなくちゃ」と嬉しそうに破顔した。

そうして入籍する日が決まったわけだけど。やっぱり俺的には、今すぐにでも婚姻届を提出したい。伊織を今すぐ自分のものにしたい。

独占欲って、なくなんねえのな。


< 307 / 309 >

この作品をシェア

pagetop