結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「で、君は一体何をやっているんだ」

 ベルが来てから何度目になるか分からない同様のセリフを口にして、ルキは上機嫌なベルに問う。

「見て分かりません? 紅茶の出涸らし干してます」

 はぁーいっぱい貰っちゃったぁ、何しよ〜っと手慣れた様子で鼻歌まじりに紅茶の出涸らしを干すベルを見ながら、

「また、シルか」

 聞くまでもなくこの状況をもたらした張本人の名前を口にしてルキはため息をついた。

 連日嫌がらせを続けているにも関わらず全くへこたれる様子のないベルを先程呼びつけたシルヴィアは、

「アンタなんかに我が家の紅茶など勿体無いわ。出涸らしでも飲んでればいいのよ」

 と大量の紅茶の出涸らしを押し付けて来た。

「わぁーこんなにいっぱいありがとうございます」

 満面の笑顔でシルヴィアからそれを受け取ったベルは部屋にもどって早速それを干し始めたところで、ルキが部屋に訪ねてきたので説明し、今に至る。

「この出涸らし、こんな大量に干してどうする気なんだ?」

「クッキーでも作ろうかと。使用人の皆様にもお世話になってますし。あとはポプリかな。美容にも使いたいし、迷いますね」

 ふふふっと嬉しそうな笑みを浮かべたベルはまたシルヴィアお嬢様くれないかなーとつぶやく。ちなみにベルが紅茶の出涸らしをもらったのは公爵家に来てから本日で2度目である。

「……何で、君はシルに怒らないんだ?」

 どう考えてもシルヴィアに非があるのに、ベルは怒る言葉も反抗する事もやり返す事もしない。
 ずっとにこにこしているベルのその様が異様なものに映ると同時に、ルキは妹の行動にやり場ない怒りを感じる。

「いや、むしろなんで次期公爵様が苛立ってらっしゃるのです?」

 そんなルキを見たベルは、首を傾げながらとても不思議そうに尋ねる。

「見ていて不快だ。こんな、あからさまな嫌がらせを」

「ふふっ、この程度で嫌がらせ? 次期公爵様の考える嫌がらせって随分と可愛らしいものなのですね」

 おかしそうに笑うベルは、ルキをまっすぐ見据えてそう言葉を紡ぐ。

「嫌がらせっていうのは、人を害するものです。少なくとも私は嫌がらせだなんて思ってませんね」

 ふふっとここに来てからのシルヴィアの行動を思い出しながら、

「って、いうよりも私、ここに来てからシルヴィアお嬢様に施ししか受けてませんよ?」

 いやーお嬢様の絡み方が上品過ぎて、育ちの良さを感じますね〜とベルは微笑ましそうにそう言った。
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