結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
 解せないという表情のルキに、勝手に持ち込んだ小さな冷蔵庫から先日シルヴィアにもらった紅茶の出涸らしで作ったお茶を取り出してガラスのコップに注いだベルは、

「飲みます?」

 そう言って、ルキに差し出す。

「なんだ、これは?」

 見慣れない液体に警戒心を滲ませるルキに、

「紅茶の出涸らしで作った水出し茶」
 
 ベルは完結に答えを明かす。

「こんなもの、飲めるわけが」

「ないですよね。あなたみたいな人には」

 別に強要はしません。そう言ってベルはコップに注いだお茶を綺麗に飲み干す。

「はぁ、美味しい。いいお茶だわ」

 さすが、お義姉様セレクト。
 ベロニカの選ぶものにハズレはないので、ベルは公爵家で使用されるお茶が大好きだった。
 お茶を飲み終えたベルは、アクアマリンの瞳をルキに向けると、

「私、次期公爵様には男性として魅力を感じないどころか、人としても好きになれそうにありません」

 と淡々と感想を述べる。
 良かったですね、少なくとも今まであなたの側にいた女性みたいに私がストーカーと化すことはないので、心穏やかに1年過ごせますよとベルはにこやかに付け足す。
 そんな暴言を女性から吐かれた事がないルキは少なからずショックを受けながら、ベルの事を見返す。
 伝わらないか、と少々残念に思いながらベルはシルヴィアとルキのために助言をする事にした。

「あなた、シルヴィアお嬢様の事批判できるほどお嬢様と向き合ったんですか?」

 少々厳しめの物言いだが、きっとこれくらい言わなければ伝わらない。問題を解決すると宣言した以上、行き過ぎたお節介は許して欲しいとベルはルキが寛大である事を願いつつ、言葉を紡ぐ。

「このお茶だって、出涸らしの紅茶クッキーだってそう。あなた食べたことないでしょ? 知りもしないのに、何故食べられるわけがないだなんて言い切れるんです?」

 笑顔を崩す事のなかったベルの厳しい視線を真っ向から受けて、ルキは息を呑む。

「少なくとも、知ろうともしない次期公爵様より、何度打ち負かされても向かってくるシルヴィアお嬢様の方が、私はよっぽど好感が持てますね〜」

 初日にかけられた紅茶は冷め切っていて火傷する事はなかった。
 その上着替えの服まで用意していたのだ。
 嫌がらせなら、自ら手を下さずとも使用人を使う事だってできるし、公爵家の力を以ってすればもっと直接的にダメージを与える事だって可能だ。
 そうしないシルヴィアは、けして根っからの悪人ではない。
 理由があるのだ。シルヴィアには、シルヴィアに行動を起こさせるだけの明確な理由が。

「気になるならかじってみればいいんです。とりあえず、一口だけでもね」

 できればそれにルキ自身で気づいて欲しい。そう思ってしまうのは、きっと自分も"妹"だからだ。
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