結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
 少し寄り道して帰ろうか、と言ったベルに案内されたのはそこから少し歩いた先にあるコスモスが一面に広がる花畑だった。

「昼間もすごくキレイなんだけど、満月の夜に見るのもなかなか良いものでしょ?」

 ベンチに座ってサラが持たせてくれた温かい飲み物をベルに差し出す。ルキから受け取った少し温くなったハーブティーに口をつけてベルは静かに空を仰ぐ。
 ルキもそれに倣って空を見上げれば一面に星が散らばっていて、ベルが誕生日の日に着ていたサマードレスを思い浮かべた。

「白金貨300枚」

 何の脈絡もなくベルが静かにそう言った。

「それが、あなたのお祖父様が私を競り落とした時の値段。私を探し出すまでの経費を入れたら、もっとかかっていると思う」

「競り……? って言うよりも、一体何の話?」

「何、って、私がヴィンセント様から受けた大恩について聞きたくて追いかけて来たんじゃないの?」

 訝しげに眉根を寄せてそう言ったベルを見ながら、そういえばストラル領に一緒に行けばベルが祖父から受けた恩について話すと言っていたなと今更ながら思い出した。

「忘れてた」

 知りたい、と思っていた事のはずだったのにルキの頭からすっかり抜け落ちていて、ベルに言われて今ようやくその事を思い出した。

「……忘れてた、って」

「気になってたはずなんだけど……うーん祖父様の話は正直どっちでもいいかなって今は思ってる」

 ルキは率直に感想を述べる。そんなルキの言葉に目を丸くしたベルは、

「どっちでも……って、白金貨300枚よ?」

 気にならない? と尋ねる。

「まぁ、さすがに白金貨300枚は大金だけど」

 白金貨300枚など、王族1人に割り当てられる一年分の予算に相当する。決して安い額ではないが、

「祖父様とベルの間に何があったか、よりも、俺が今ベルにどう思われてるか、の方が正直気になる」

 とルキは正直に申告する。

「へ?」

「いや、だって強引にお墓参りについて行ったし」

 サラからは戻ったら話を聞いてやって欲しい、と言われた。
 だけど、目的地に続く階段の下に着いたとき、この先にベルがいることがわかっていながら、彼女が帰ってくるのをただじっと待つ事ができなかった。
 貴族にとって未婚の男女が揃って墓参りに行くという事は結婚の報告であるのが慣習だというのに、だ。

「えーっと、ご足労頂きありがとうございます、かな? ママもまさか上流階級の天の上の人がお墓参りに来るなんてびっくりじゃないかしら」

 だがベルは一切そのことには触れず嬉しそうに礼を述べるので、ルキはベルがこの慣例を知らないのだと察した。
 どうやらサラは一通りのマナーも礼儀作法も教えているが、ベルにこう言った暗黙のルールや慣習は教えていないらしい。
 サラは当然のように知っている様子だったので、できたらまどろっこしいやり取りや隠語も含めて全部教えておいて欲しかったなとルキは思う。
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