結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「まぁそんなわけでヴィンさんが買ってくれなかったら私今頃どうなっていたか分からないし、とても感謝してるんだけど、8つにして私はブルーノ公爵家というかあなたのお祖父様に大きな恩と多大なる借金ができてしまったわけなのよ」

 白金貨300枚など当時のストラル伯爵家にそれだけの支払いができるわけもなく、現在のベルの個人資産ではとても払えない金額だ。

「少しずつでも払いたいんだけど、ヴィンさん全く受け取ってくれなくて。自分も命を狙われていた所をストラル領で匿ってもらったから相殺だなんて言って」

 ほんの一時ストラル領にホームステイしただけで、王族1人の1年分の生活費など釣り合うわけもないのに、全く受け取ってくれない。
 それどころか未だに自分のことを気にかけてくれるているのだ。割に合うはずもないとベルは思う。

「だから、あなたがまともに婚約を結べなくて困っているって風除けをお願いされた時、ヴィンさんの役に少しでも立てるなら……って最初は思っていたはず……なんだけど」

 言葉を途切れさせたベルは、じっとルキの方を見ながら、あと何回彼とこんな時間を過ごせるだろう? と考える。
 初めはなんて残念な人だろうと思ったのに、今ではルキと過ごす時間に心地良ささえ感じている。

「ねぇ、ルキ。私は、少しはあなたの役に立てたかしら?」

 とベルは尋ねる。
 以前、ベロニカに『どうすれば、愛してるが分かるのか?』と聞いた時の事を思い出す。
 ベロニカは言った。

"自分の心が動いてそうだと思えばそうなのかもしれない"と。

「ルキは"愛してる"が分からないって言ったけど」

 ベルの事が知りたいと言ってくれた彼に、自分の過去を知って欲しい、と思ってしまった。
 誰にも言えなくて、抱え込んだ気持ちがあった。"恋人ごっこ"なのだと分かっていてもそれを話してしまいたいと思うくらい、ルキに心が動いたのは確かなことだった。

「あなたは、ちゃんと"誰か"を愛せる人だよ」

 ただの風除けに過ぎない自分はこの感情に名前を付けることを望めないけれど、とベルは自分に言い聞かせながら、

「あなたは、大丈夫」

 ベルはルキの濃紺の瞳を見ながら言い切って、これで私の話は全部おしまい、と締めくくった。
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