結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「そんなの、ただの逆恨みじゃないか」

「でも、気持ちは分かるわ。私だって、お兄様に引き取られていなかったら、罵る領民側だったのよ。ママを返して、って」

 誰かのせいにしなければその日を生きられないほど辛い気持ちだった、というのは理解できる。だからといって8つの子どもを拐かしていい理由にはならないが。

「そうして、私は貴族の庶子として非合法の人身売買のオークションに出された。首輪をつけられて檻に入れられた時は腑が煮えくりかえりそうだったわ」

 その時の事を思い出したのか、ベルは険しい顔をして拳を握る。

「……怖い思いをしたな」

 ルキはベルの頭を撫でながら、ぽつりとそう漏らす。

「いや、怖いっていうかただただ怒りしかなかったわよ! だってこのままだといくらで売れようがお兄様にもストラル領にも赤銅貨1枚すら還元されないじゃない!」

 ん? とルキは驚いてベルの方を見る。その顔に恐怖心は読み取れず、本当に腹立たしいと全面に書いてあった。

「なら、もういっそのことなるべく高値で買ってくれる人から高級娼館あたりに転売されようと思って」

「待った、おかしい。なんでそんな話になるわけ?」

 先程までしんみりとした重い話であったはずなのに、話が一気におかしな方に転がる。

「え? だってオークションなんだもん。高い金額を支払える能力のある人ほど、それだけ稼げる仕事をしてるってことでしょう?」

「いや、そうかもしれないけど! 人を買いに来てる時点で碌な奴じゃないからな?」

 当然ながらこの国では人身売買も奴隷も違法行為である。

「女子どもの売られ先なんて大体娼館か愛人か幼女趣味の変態でしょう。幼女趣味の変態は嫌だし、娼館なら格式が高い所ほど処遇がいい。だからとりあえずお義母様仕込みのカテーシーをして、有名な詩を何個か誦じてみせた」

 それは異様な光景だっただろうなとルキは想像する。
 拐かわされて、値踏みするいくつもの視線に晒され、普通なら萎縮し涙する場面で、たった8つの女の子が自分を高く売ろうとプレゼンをしているのだから。

「値段が上がりはじめたところで、会場を一気に黙らせたのが白金貨300枚の声だった」

 ベルを競り落としたのは、とても聞き覚えのある声だった。
 首輪をされたまま対面したその人はとてもおかしそうに笑って、無事で良かったとそう言った。

「ヴィンさんがブルーノ公爵家の人間だって知ったのはそれから随分経って、ヴィンさんが家督を譲った後のことよ」

 一緒に暮らさなくなっても度々伯爵家を訪れては勉強を教えてくれたり、お菓子をくれたりした大好きなおじいちゃん。
 薄々どこかの貴族なんだろうとは思っていたが、まさか公爵家の人間だなんて夢にも思わなかった。
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