結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
 ルキはナジェリー王国の大使との会談を終え、内容をまとめた資料に目を通す。

「状況は?」

 別行動が多かったレインは久しぶりに外交省の執務室にルキがいるのを見かけ、ルキにコーヒーを差し入れながら話しかけた。

「概ね順調。うちの事業にも興味を持ってもらえたし、対等な取引ができるくらいには持ち込めそう」

 かなり時間をかけてナジェリー王国が求めるものを調べ上げただけあって印象としては悪くなかった。
 もう少し駆け引きは続くだろうけれど、実際に交渉の場に移ったら、両者とも納得できる落とし所に落ち着けそうだ。

「ただまぁ、両国の婚姻の成立は難しそうだな。残念ながら2人とも乗り気じゃない」

 両国の婚姻は今回必須ではない。故に非公式とされているし、当人同士の意思が尊重されるのだが、コチラに関しては不成立の方向で調整されそうだ。

「そっか、結婚って難しいな」

「難しいよなぁ。一生一緒にいる相手を選ぶんだもんな」

 差し入れのコーヒーを一口飲んだルキは眉間に皺を寄せる。

「何コレ、すっごい甘いんだけど」

「んー難しい顔してたから甘くしてみた」

 疲れた時には甘いものって言うだろとレインは悪びれることなくそう言った。

「限度があるだろ」

 全く、と文句を言いながら手持ちのミルクを混ぜて味を誤魔化しルキはコーヒーを飲む。

「……淹れ直してもらえばいいのに」

「いい。食べ物粗末にするとベルに嫌われる」

 そんなルキを見ながらレインは驚いたように目を見開く。
 ルキは冷めた飲み物には手をつけないタイプだったし、見た目で気に入らなければ口をつける事なく皿を下げさせるタイプだったのに、この1年で彼は本当に変わった。

「本人ここにいないのに、律儀なことで」

 揶揄うようにそう言ったレインに、

「こういうのは日頃の積み重ねだろ。ベルは上辺だけじゃなくて、本当に俺の事よく見ててくれるから」

 彼女に対して誠実でありたいと穏やかに笑うルキを見て、レインはそうかと微笑む。
 こんな顔をして笑うようになったルキの平穏が続けばいいなと今までのルキの苦労を知っている分、レインはそう思わずにはいられなかった。
< 137 / 195 >

この作品をシェア

pagetop