結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「で、あるならばあとは実践あるのみ、ですよ。人間、取れる行動なんて戦うか逃げるかの2択です」

「逃げちゃ……ダメ、よね」

「逃げてもいいんですよ。戦略的撤退、というものもありますし」

 準備ができていないのに挑みに行くのは怪我をしにいくようなものだとベルは語る。

「努力した記憶も悔しかった記憶も全部ここにあります。自分に嘘はつけません」

 ベルはそっとシルヴィアの髪を撫で、

「シル様の行動はシル様が決めていいんです。あなたにはそれができるだけの力がちゃんとありますから」

 どうしたいですか? とベルは尋ねる。

「ベルは、迷った時どうやって決めてる?」

「私ですか? 私はやらずに後悔するくらいなら、やって後悔すると決めています。動かなければ結果はついて来ませんから」

 落ちているチャンスは積極的に拾っていくスタンスなんですとベルは得意げに笑う。

「だから、いつでもそうできるように"準備"をしています」

「……シンデレラみたいに?」

 ベルの語るシンデレラ像は自分の知っているお話とは少し違う気がしたけれど、でもとてもカッコいいとシルヴィアは思う。

「そうですね。シンデレラはかっこいいです。でも私、本当はシンデレラよりも魔法使いになりたいんです」

 ベルはイタズラっぽく笑って人差し指で宙にくるくるっと円を描く。

「魔法……使い?」

「ええ。女の子の可愛いは血と汗と涙でできた努力の結晶なんですよ。それを全力で引き出せるお手伝いができたら、素敵だと思いませんか?」

 シルヴィアはアクアマリンの瞳を見ながら目をパチパチと瞬かせ、ふふっと吹き出すように笑う。

「とっても素敵。ベルらしいわ」

 そう言ったシルヴィアは濃紺の瞳を一度閉じ、ゆっくり開ける。その瞳は覚悟を決めた色に染まっていた。

「決めたわ。私お茶会の雪辱を晴らしてくる。ついでにお父様も打ちのめす」

「あら、素敵。それでこそシルヴィアお嬢様です」

「……でも、もし失敗したら、ココア淹れて慰めてくれる?」

「ふふ、失敗したっていいじゃないですか。失敗するってことは挑戦したって事です。結果はともかく帰って来たら一緒にココアを飲みましょう。生クリームも特別につけちゃいます」

「うん、やる気出た」

 シルヴィアの決意を聞いたベルは、

「それでは、お嬢様。戦闘準備を始めましょうか?」

 楽しそうにそう言った。
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