結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「まぁ、それはいいんだけど。俺としては噂の真偽が気になる。で、髪飾り贈ったの?」

 とレインは直球でルキに尋ねる。
 ひそひそとまことしやかに子女たちの間で囁かれるのは秘めた恋の物語。
 だが、ルキはすぐさま首を横に振る。

「俺が贈ったのは万華鏡だけ。銀細工のデザインは選んだけど、金銭面も含めて一切援助してない。エステル王女が青色の石を選んだなんて俺も知らなかったし、そもそも碧眼なんてこの国では珍しくもないだろ」

 色味の程度の差はあれど、碧眼自体はこの国ではさほど珍しくもない。

「抗議しないの? お前このままだと囲い込まれるぞ」

 心配そうにそう言ったレインに、

「本人が明言していないのに、下手に刺激しない方が得策。せっかくまとまりかけてる国同士の協定が崩れたり拗れたりすると困るし」

 ルキは噂を放置する方針を示す。

「何一つ合ってない噂なんて気にしてもしょうがないだろ。俺はベルと無理矢理婚約を結ばされたわけでもなければ、ベルから愛のない結婚を迫られているわけでもない。当然エステル王女に恋もしていない」

 そう言ってルキはキッパリ噂を否定する。

「婚約破棄するって噂もまかり通ってるけど、それも放置でいいのか?」

「……そっちはあながち間違ってもないっていうか」

 歯切れ悪くそう言ったルキにレインは驚く。

「喧嘩でもしたのか?」

「そうじゃなくて、もうすぐ契約期間満了なんだよ」

 ベルと知り合ってからの1年はあっという間で、あの日自分を売り込んで来た彼女と手放しがたいほど幸せな日常を送れるとは思わなかった。

「終わりは、何事にもつきものだから。契約婚約者も恋人ごっこも終わらせないとなって」

 だからこそ、これから先を望むならこの関係は精算しなくてはとルキは思う。

「……本当に婚約破棄するのか?」

「それはベル次第かなぁ」

 俺が一方的に関係を望んだって、きっと上手くいかないからとベルの顔を思い浮かべて、ルキは穏やかに笑う。

「俺にできるのは、ベルに俺と一緒にいたいって選んでもらえるように誠意を尽くす事だけだよ」

 ルキは手元にある契約書に視線を落とす。
 ベルは次期公爵夫人の座には全く興味がない。そんなベルの興味を引けるとするなら、やはり彼女の望みに近いものだとルキは思う。

「まぁ、今度は俺がベルに売り込むよ。多分、俺がベルに勝てるのはこれしかないから」

 作りかけのプレゼン資料。
 これを彼女が見たらどんな顔をするだろう?
 いつもみたいにアクアマリンの目を瞬かせ、面白そうとワクワクした顔を見せてくれたら嬉しいとそんな事を考えながら、ルキは契約婚約の幕引きについて考えていた。
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