結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
 ゆっくりと目を開けて鏡に映る自分を見る。

「……それらしく見えているかしら?」

 独り言を漏らしたベルの問いに答える声はない。

「ああ、やっぱりこのドレスにして良かった。ふふ、舞台の盛り上がりには衣装が重要よね」

 幕引きの衣装としてベルが選んだのは、初めてルキのパートナーとしてパーティーに参加した時の青を基調としたグラデーションドレス。
 つけている装飾品も全くあの時と同じ。
 だけど、あの日のようなワクワク感は全くない。
 当然だ。
 今から自分は大事にしたいと思った相手を傷つけに行くのだから。

「選んだのは私。決めたのも私」

『私、ベル・ストラルを買いませんか? 公爵様』

 ブルーノ公爵の別邸に乗り込んで、そうプレゼンしたのは婚約破棄の通知を受けた翌日。
 ストラル領やストラル社への不干渉、そしてわずかな願いと引き換えにブルーノ公爵に売り渡したのは、未来の可能性と望んではいけない恋心。
 不敬だと切り捨てられなかったのは、ルキ達に対してまだ親としての情があるからだと信じたい。
 舞台は全部整った。

「全部私が持って行くわ」

 後悔も、未練も、これから先公爵家をひいては国を担って行く優しい彼の中に何一つ残る事がないように。
 だから、自分が楽になるためだけの謝罪の言葉はもう口にしない。

「さぁ、幕引きと行きましょうか?」

 招待状を手に取って、ベルはヒールを鳴らして歩き出した。
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