結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
 彼は義務と責任を果たし、きっと立派に公爵家を束ね、理想的な貴族であり続けるのだろう。
 政略結婚としては、この上なく正しい。
 たった2月で孤独に押しつぶされそうになる異国の地で、これから先ずっと心が満たされる日が来ないのだと知ってエステルは言葉を失う。
 ルキが心変わりする可能性だってある。では、それは一体いつ?
 どれだけ頑張れば報われる?
 無理だと思った瞬間に、ルキが逃げ道を作ってくれていたのだと気がついた。

『……お別れ、ですね。覚悟がなかったのは私の方。どうか、勝手をお許しください』

 これから先ずっと、他の誰かを想い続けて愛してくれない人との人生を歩む覚悟を持つにはエステルはまだ若過ぎた。
 エステルを非難する事なく了承を告げた彼は最後まで残酷なほど優しくて、まるで夢のように掴めない人だった。

******

「けど、まぁシルはもっと荒れるかと思ったよ」

 ようやく終わったお試し交際の後片付けをしながら、ルキはベルが去ってからやけにおとなしいシルヴィアにそう笑いかける。

「お兄様が決めた事に私が異論を唱える事はありません。お兄様こそ、お祖父様とご連絡を取って何を企んでおいでですか?」

 にこやかに笑いながらそう切り返して来たシルヴィアに人差し指を唇にあてしっーと微笑んだルキは、

「まだ内緒。シルこそ最近お出かけが多いみたいだけど、何やってるの? あと家庭教師の授業はサボっちゃダメだよ」

 そう言って話題を変える。

「あら、淑女の嗜みに口を出すのは紳士らしくありませんわ。寛容なお心で見逃してくださいませ。きちんと出された課題はこなしておりますので」

 話を振られたシルヴィアは悪びれることなくそういうと綺麗な笑顔で誤魔化した。

「もう少し暖かくなったら、ガーデンパーティーでもしましょうか? お庭の石窯でピザを焼きますわ」

「それも悪くないね。2人で花見でもしようか」

 去年ここに居たベルがいなくても、時間は確実に流れ季節は巡る。
 ベルが契約婚約しないかと言って自分を売り込んだお見合いの日からすでに1年が過ぎていた。
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