結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「……シル? これは、一体」

「私が伯爵にお願いしたの。助けて、って」

 シルヴィアがどうやって、とルキが驚いていると、

「社長。とりあえず物資ありったけ屋敷前に運びましたけど、仕分けどうします?」

「まずは正確な情報収集と分析。運搬先地図に落として通行可能か確認。避難所にすぐ出せるように準備しといて。一時保管場所などの指示はお嬢様、できますね?」

「はい、勿論です。皆さま、災害時マニュアルを基本とした行動で、記録を残し報告をお願いします。都度情報はうちの者でまとめて共有を図ります。一時保管場所は会議室を利用しましょう。物質ごとに整頓をお願いします」

 伯爵に言われたシルヴィアはテキパキと指示を出して押しかけてきたストラル社の腕章をつけた人たちを案内する。
 全員がシルヴィアと顔馴染みのようで、気安く声をかけながらシルヴィアの話に耳を傾けて作業を開始した。

「ブルーノ公爵令息、人心掌握にかけてはあなたよりずっとお嬢様の方が才があるのではないですか? 何せうちにはお嬢様のファンが大勢おりまして」

 口調を改めた伯爵はポカンとした顔でシルヴィアを見送ったルキに話かける。

「ファン?」

「そう、うちの社員シルヴィアお嬢様に全員骨抜き。何せお嬢様はちょくちょく本社に顔を出して、実験室で好奇心いっぱいに目を輝かせて見るもの全部にいい反応してくれるもんだから可愛いくってね」

 ルキはベルが出て行ってからシルヴィアが頻繁に外出するようになった経緯を察する。

「どうやったら楽しい会社になると思います? って課題出したら"社長にバレずに社内でこっそり宴会やってみた!"って企画を立てて社員一同こっそり簡易コンロで肉焼いてるんですよ。まぁ、バレたけど」

 企画に乗って全面協力したベロニカと共に伯爵に怒られている最中に『バレないような消臭スプレーを開発したらいいんじゃないかしら!』と、さも名案みたいな顔をして言い返して来たシルヴィアを思い出し伯爵は喉を鳴らして笑う。

「そんなお嬢様が困ってたら心配し過ぎて仕事にならないそうで。お嬢様が遊びに来てくれるとうちの作業効率上がるんですよ」

 みんなシルヴィアと遊びたくてたまらないからと言った伯爵は、改めて公爵家への支援を申し出る。
 ルキは頭を下げてそれを受け入れた。

 話はまとまったとシルヴィアと社員がいる部屋に向けて歩き出した伯爵は、

「あなたの事業提案も悪くはなかったです。が、決めるのはベルなので」

 うちは自主性を重んじる方針でしてと笑い、

「商談はベルと行ってください。俺は妹の意思を尊重します」

 ルキにそう声をかけて今度こそ振り返らずに部屋を出て行った。
 ルキは伯爵が見えなくなるまでその背中に頭を下げ礼を述べると、手に残った非常食を見つめ、プレゼン相手をどうやって捕まえようかと静かにつぶやいた。
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