結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
 目的の彼女はあっさりと見つかった。

「ベル、君はこんなところで一体何をやっているんだろうか?」

 メイド服姿でニヤニヤしながら通行人を眺めているなんて、そのうち不審者として通報されそうだ。

「え? 女の子ウォッチングですよ。はぁ、さすが城内。レベル高いっ。やっぱり今年の流行りはラインがきれいに見えるシンプルなタイプの上品なドレスですねぇ。バルーンタイプも可愛い。ハイウェストで足長に見せるのもいいし、マキシ丈も素敵。んー色んなオシャレ女子がいて目の保養ですねぇ」

 だがベルは城内を行き交う女性の衣装に夢中らしく、ルキには目もくれない。

「いいなぁ〜私も早く自分の店持ちたい」

 一通り見終わって満足したのか、稼ぐぞーっと気合いを入れたベルは、

「ところで、次期公爵様はそんなに息をきらせて、どうしたのです?」

 ようやくルキの方を向いた。

「お礼、言いに。資料……ありがとう」

 用件を聞かれて考えてなかったと我に返ったルキは手に持っていた封筒をベルに見せる。

「別にお礼なんていいですよ。シル様にお願いされただけなので」

 でも無事に手元に届いて良かったですとベルは笑った。

「……ベルは、なんでそんなに服が好きなんだ?」

 ふと、聞いてみたくなってルキはベルに尋ねる。
 ベルはきょとんとした顔をしながらルキを見て、何かを悟ったように笑うと、

「女の子の"可愛い"は血と汗と涙を伴う努力の塊でできているわけですよ!」

 と明るい声のトーンで言葉を紡ぎはじめた。

「うち、すごく貧乏だったんですよね。今でこそ成金貴族だなんて言われてますけど」

 母が亡くなり、弟と共に引き取られた伯爵家は莫大な借金を抱えていて、屋敷もボロボロで、食べるものにも苦労するほどだった。

「衣食住っていうでしょ、でも貧乏だとどうしても食と住が優先で、衣服は後回しになりがちで。でも、みんながうらやましかった私は可愛い服が着たくて、兄を困らせてしまって」

 昔を懐かしむようにベルは遠くを見つめる。

「私の兄がね、それはそれはリメイク上手で。どうにか私が可愛い服を着られるようにあの手この手で考えてくれたわけですよ。すごく、嬉しかった」

 自分達の生活だって大変なのに、父親の残した負の遺産を抱えて、父親の愛人がいたらしいという曖昧な情報で弟妹を探し出して引き取り、半分しか血のつながらない妹のわがままにも付き合って。
 我が兄ながら本当にお人好しで、本当にかっこいいとベルは思う。

「可愛い服を着るとね、無敵な自分になれる気がするのですよ。まるで魔法にかかったみたいに」

 初めてドレスに袖を通した日の事は今でもはっきり覚えている。あんなワクワク、忘れられるわけがない。

「だから、私も誰かの魔法使いになりたいんです。お金を沢山かけなくっても、女の子が可愛いを楽しめるように」

 それが私の夢だから。
 そう未来を語る彼女は、メイド服姿なのに、ここにいる誰よりも綺麗にルキには見えた。
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