結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜

その5、伯爵令嬢とパーティー。

 その日、ベルは公爵家に来てから初めて"価値観の違い"というものを前に言葉を失くして呆然と立ち尽くすという体験をした。

「…………」

「ベルったら一体どうしたの?」

 いつも明るく笑っているベルがまるで抜け殻のようにソファーに身体を沈めているのを見て、このブルーノ公爵家のご令嬢シルヴィアは不思議そうに濃紺の目を丸くする。
 
「……19年生きてきて、今日が一番緊張したかもしれません」

 シルヴィアの問いかけにぼそっと答えたベルは、就職試験や大口契約のかかったコンペですらここまで緊張したことはないのにと息を吐きながらこれは果たして現実かとつぶやく。

「そうなの? ベルったら変な事で緊張するのね」

 私ならきっと試験の方が緊張しちゃうわときょとんと首を傾げながら紅茶を口にしたシルヴィアは向かいに座る兄、ルキに話しかける。

「んーベルには落ち着いた色味のドレスが似合うと思うんだけど、お兄様はどれが良かったと思う?」

 ガラス製のローテーブルに所狭しと広げられたドレスのデザイン画を見ながら、やっぱりこれかしら? とシルヴィアは一推しのドレスを選んで指をさす。
 それを見たルキは、シルはセンスがいいなと妹を優しく褒め、

「そうだな、デザイン画は全部悪くなかったし、今後のこともある。全部買うか」

 当たり前のようにそう言った。

「はっ? ちょ、何を」

 待て、オーダーメイドドレスの大人買い、だと!?
 ちょっと、待て。マジで何を言っているのかが理解できない。
 そんなベルの心情などお構いなしなこの兄妹は、

「賛成! さすがお兄様だわ。いいなぁー私も新しいドレス欲しい。ベルとリンクコーデになるのとか」

「いいんじゃないか? ついでだし、シルも3〜4着新調すればいい。リンクコーデ用は2人で希望出して新しくデザインしてもらったらどうだ?」

 金に糸目をつける事なくさくさく話を進めていく。

「はい!? あの、ちょっと」

「素敵っ! ねぇねぇベル、ベルはどんな感じが好き? アイテム寄せか色寄せか、あえて全く同じデザインのドレスでも私はよくってよ」

 パチンと両手を叩いたシルヴィアは、天使のような可愛い微笑みを浮かべて、

「ドレスができたらお茶会でも開きましょうか! ふふ、すごく楽しみ」

 決定事項のようにそう言った。

「ああ、それもアリだな」

「アリだな、じゃないっ!! ヒトの話を聞けーー! このブルジョワ兄妹めっーーーー!!」

 これ以上流されてなるものかと確固たる意思を持って、ベルはそう叫んで待ったをかけた。
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