結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「あ……れ? ここどこ?」

 目が覚めて視界に入った天井は、自宅のものではなくて、見覚えのある内装にベルは首を傾げる。

「目、覚めたな」

 静かに部屋に入ってきたルキは、おはようと言って当たり前のようにベルの額に手をやった。

「よし、熱はなし」

「あれ? ルキ様? なんで?」

 どういう状況? と疑問符だらけのベルに、

「過労による風邪です」

 と淡々と言ったルキは、

「普段、ヒトにアレだけ偉そうなことを言っておいて、体調管理一つできないなんて情けないなーベル?」

 ニヤニヤっとそう笑った。

「ーー〜〜っ、その勝ち誇った顔が非常に腹立つんですけど」

 ハルの仕業ね、と察したベルはため息をついたあと、喧嘩なら買うけどとぶっきらぼうに言い返す。
 自分を見返してくるアクアマリンの瞳がいつものように勝ち気な色をしていて、ルキはほっとすると同時に表情が緩んだ。

「寝起きでそれだけ悪態つけるなら大丈夫だな」

 と言って、ルキはベルの手に彼女の事業計画書を返す。
 ルキはあのあとあの部屋に散乱していたベルの事業計画書を拾い集め、全部に目を通した。それは思いつきや金持ちの道楽などでは決してなく、自分の使える時間を全部注ぎ込んだ絶対にこれをやり遂げるという執念にも似た努力を形にしたものだった。
 この華奢な体のどこにそれだけの熱意が詰まっているのだろうと思うほどに。

「ベル、君のしたい事を止める気はないが、無茶はしないで欲しい」

 それと同時に部屋中に広げられた専門書の山と試行錯誤の痕跡から、少しでも早く形にしなくてはと焦るベルの様子が見てとれた。

「君は期間限定とは言え、俺の婚約者なんだから」

 婚約者、と口にしてルキは自分でその言葉の意味のなさに笑う。
 本当に自分は、ベル・ストラルという彼女の事をほとんど知らないのだ、と。
 だけど、それでも今回分かった事もある。

「で、一人は寂しいって? 意外と甘えただな〜」

 ベルは、きっと甘えるのが下手なのだ。彼女は妹であると同時に"姉"なのだから。

「なっ……」

 ニヤニヤ笑うルキから揶揄われ、言葉を失くしたベルに、

「あー抵抗するベル連れ帰るのすっごく骨が折れたなぁ。あとなんていってたっけ?」

 とわざとらしい口調でルキは口撃を続ける。

「…………あなたに借りをつくると後々面倒くさそうです。ご要望があるなら可能な限り聞きますから言ってください」

 拗ねたようにそっぽを向いたベルの耳が紅くなっていて、ルキはクスッと笑う。

「契約事項に2つ追加を。契約期間中はここに住む事。で、まぁ俺の苦手克服に付き合って」

「はい?」

 提示された条件に理解ができず、ベルは疑問符を掲げる。

「俺が抱えてる困り事、全部解決してくれるんでしょ?」

 と、商談もといお見合いの時のベルの言葉を引用し、ルキはそう依頼する。

「なにせ、俺は食わず嫌いらしくって。その上君が出て行ってからシルヴィアが荒れちゃってね。大変なんだ」

 さて困ったとわざとらしく肩を竦めるルキに、

「…………仕方ない、ですね」

 とため息をついたベルは、不承不承に条件追加を承諾した。
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