結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
 帰りにコーヒーでもどうかとルキに誘われ、コーヒーショップに立ち寄る。

「で、姉について何か聞きたい事でもあるんですか?」

 付き合ってるなら直接本人に聞けばいいのにとハルは単刀直入に切り出す。

「ベル、というよりもうちの祖父と暮らしていたと聞いて。その時のことが聞きたくて」

 ハルもうちの祖父を知っているんだよな? とルキはベルから聞いた話を尋ねる。
 ハルは一緒に暮らしていたおじいちゃんと言葉を転がし、

「おじいちゃん、はルキ様のお祖父様だったんですか?」

 今初めて知りましたと驚いたようにルキを見る。

「知らなかったのか?」

「僕当時まだ小さかったですし、兄は困っていれば割と誰でも連れてくる人なので」

 自分の本当のおじいちゃんだと思ってましたよ、とハルは懐かしそうに笑う。

「ストラル伯爵不用心過ぎないか?」

「まぁ、ウチ盗まれるような物もなかったですし」

 かつて暮らした建て替え前のボロボロの屋敷と極貧生活を思い出しハルは、

「うちみんなDIY得意なんですよね」

 あの環境で培われた特技を話す。

「急になんの話がはじまったのかな!?」

「ルキ様が知らない世界の話」

 こんなに上品な人の祖父がよくあの生活をできたなとハルは苦笑する。

「世話になったみたいで」

「いえ、むしろ僕らの方がいっぱいお世話になりましたよ。勉強とかたくさん見てくれたし」

 楽しかったなぁと話すハルの様子から彼にとって祖父と過ごした時間はいい思い出なのだと察する。
 だが、その程度では婚約破棄込みで風除けを引き受けてもいいと思える大恩とは言えないだろう。

「ストラル伯爵領……か」

 ベルはそこでなら話すと言った。知りたければ行くしかないんだろうなとルキは思う。

「うちがどうかしましたか?」

「いや、ベルに……」

 この話をどこまでハルにしていいのかと迷ったルキは言葉を閉ざす。
 もし、ベルが話していないことなら軽々しく口にしてはいけない気がして、ルキは首を振った。
 そんなルキを見て、ベルと同じアクアマリンの色をした瞳は、

「……僕、実は産んでくれた方の母のことほとんど覚えてないんです」

 ぽつりとそんな事を口にする。

「姉さんは、全部ひとりで抱えちゃうから」

 ベルはどこまでもハルにとって姉であり、母代わりの存在だった。そんな彼女は自分が抱える苦労など話してくれない事も多い。

「平気なフリをするのが得意なヒトなんで、泣かさないでくださいね。僕の大事な家族なんで」

 お願いします、とハルは静かにルキに頭を下げた。
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