侯爵閣下。私たちの白い結婚には妥協や歩み寄りはいっさいないのですね。それでしたら、あなた同様私も好きなようにさせていただきます
 なぜか冷静になれた。パニックになったりなんてことはない。

 水溜りをのぞきこんでみた。

 すると、そこにかぎりなくぼんやり映っているのは、まぎれもなくアールだった。

 予想通りだった。

 ということは、わたしって死んでしまったの? 階段から落ちて?

 小説みたいに過去にさかのぼった?

 そんなこと、ほんとうにあり得るの?

 それとも、これはアールの記憶で見せてくれているだけ?

 それだったら、わたしがアールの姿になっている説明がつかないわね。

「さあ、ルプス。わが親友よ。屋敷へ行こう。そして、これからおれにかわって妻の側にいてやってくれ。そして、守ってくれ。これまでおれや多くの兵士たちを守ってくれたように」

 いつの間にか侯爵がリードを握っている。

 彼は、わたしのことを……。

 そこまで考えたとき、目の前が真っ暗になった。

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