フェチらぶ〜再会した紳士な俺様社長にビジ婚を強いられたはずが、世界一幸せな愛され妻になりました〜

 けれど端正な相貌を忌々しげに歪めた奏には、いつもの穏やかさは微塵もない。激情を抑え込むようにして放たれた重低音の声音は鋭く殺気立っている。

 奏の言う『あの男』とは穂乃香の元婚約者を指しているのだろう。けれど。

 ――こ、この人は誰?

 目の前には奏しかいないのに、一瞬、誰に何を言われたのか理解が及ばなかったほどだ。

 ――顔面偏差値が突出した人が怒ると迫力が凄まじいな。

 穂乃香が胸の内で独り言ちると、再び奏の重低音が鼓膜を打ち震わす。

「だったらそんなもの、俺がこの手で今すぐ壊してやる」

 冷静さを欠いているせいか、奏の物言いはとても傲慢なものだ。

 けれども奏への想いを自覚したせいだろうか。

 もうとっくに気持ちは奏に向いているのだが、そうとは知らず、元婚約者への嫉妬心を滾らせる奏の言動に、穂乃香の心は最大限に揺さぶられる。

 もうこのまま何もかも忘れて、奏にすべてを委ねてしまいたくなる。

 そんな想いでいる穂乃香の頬に、奏がそうっと手を添えてくる。

 まるで大事な宝物でも扱うようにとても優しく、穂乃香にもっと触れてもいいかと許しを請うようにーー。

 たちまち穂乃香の胸はトクトクと高鳴りあたたかなものでみるみる満たされてゆく。

 そこに先ほどとは裏腹な、不安げに奏でられたバリトンボイスが心に囁きかけてくる。

「穂乃香」

 穂乃香はその声音に抗うことなく静かに瞼を閉ざし、奏が織りなす甘やかな口づけを受け入れたのだった。

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