フェチらぶ〜再会した紳士な俺様社長にビジ婚を強いられたはずが、世界一幸せな愛され妻になりました〜
そうとも知らず彼女は、安心しきった表情で奏の胸にぎゅっとしがみついて離れようとしてくれない。
そんな彼女が恨めしくもあったが、途轍もなく愛らしくもあった。
これまで優れた嗅覚のせいで、女性には散々な目に遭ってきたというのに。
女性に対してそんな感情を抱いてしまった自分に、驚きを隠せなかったが、それ以上に嬉しくもあった。
――これまで散々な目に遭ってきたのも、もしかすると彼女に出会うためだったのかもしれない。
年甲斐もなくそんな乙女思考が浮上してきて、奏は自嘲じみた笑みを漏らした。
だが奏の胸には、あたたかくも甘酸っぱい感情が芽生えていたのも確かだ。
奇しくもその想いに火を注いだのは、元婚約者の名前を切なげに口にした彼女だった。
「マ……サ、ト」
その名を耳にした刹那、嫉妬心をこれでもかと煽られてしまった奏の胸は、このまま心臓が張り裂けてしまうんじゃないか、と懸念してしまうほどの強烈な痛みを覚えた。
――彼女にとって今は婚約者の身代わりだとしても、いつか必ず彼女の心を射止めてみせる。
生まれて初めてそう思わせてくれた彼女が目覚めたら、すべてを打ち明けよう。
そのつもりだったのに、彼女は甘やかな香りとあたたかな温もりだけを残して消えていた。
まるで最初から存在していなかったかのように。