婚約破棄された崖っぷち令嬢ですが、王太子殿下から想定外に溺愛されています

 ヴァレンスの耳にかかっていた紺色の髪がさらりと落ちる。逆光に映える端整な顔に思わずときめいてしまった。
 アルテミラの心臓がドクンドクンとうるさいのは、聖女候補になれと押しつけられているからだけではないかもしれない。

(……どうしよう。なんでそこまで私に執着するのっ!?)

 どうするのが正解なのかわからない。このままノーと言い続けるのか、それとも……。
 ゆっくりと近づいてくるヴァレンスの顔の圧が強すぎて、どうしたってアルテミラには逃げられない。
 そう観念しかけたその時、マールがアルテミラとヴァレンスの間に、にゅっと顔を出した。
 突然の乱入に驚き、ヴァレンスが思わず体を浮かしたその隙にズリズリッと体をずらして彼の下から抜け出すことができた。

(助かった……。マール、ありがとう!)

 キュキュ、と鳴くマールに毒気を抜かれたのか、ヴァレンスはもう一度ソファーに座り直すと、口元に手を当ててそっぽを向いてしまった。
 小さく「全く、この……」と呟く声が聞こえたような気がしたが、アルテミラはそれどころではなかった。
 どうやってこの状況から逃げ出そうと頭を捻っていると、ドアの向こう側からコンコンと叩く音が聞こえた。常に人手の足りないフーデンタル家のタウンハウスでは、普段からノックの音と共に入室がデフォルトなので、反応が遅れた。

「よし、間に合ったな。入れ」

 ヴァレンスが許可を出し、立ち上がる。彼から逃げるように離れて肘掛けに背中を預けていたアルテミラは、一気に緊張が解けてソファーから落ちそうになったが、気力で踏ん張った。
 そんな彼女の手元へ、一通の封書が差し出された。

「これを、アルテミラ嬢」

 入室してきた使者が持ってきたものらしいけれど、何なのか想像もつかない。

「国王陛下からの勅命が下った。おめでとう、これでお前は正式に聖女候補となったわけだ」
「噓……え、本当に?」

 震える手で受け取った封書には、クリスフェロン王国王家の紋章――中央に薔薇とクロスした一対の剣の形の図柄の封蠟があった。
 恐る恐る中を開くと『聖女候補』としての任命が、国王と大神官の署名入りで記されていた。

(な……な、何でー!?)

「受け取ったな。もう諦めろ。今逃げればフーデンタル伯爵家がどうなるかくらいわかるだろう?」

 ヴァレンスに四方をがっちりと固められ、退路を絶たれ、脅された。アルテミラは絶対に逃げ切れない現実を悟り、血の気が引いていくのがわかった。
 どうあがこうと結局は巻き込まれてしまう。そんな自分の不運を嘆いていると、ヴァレンスはにこやかな笑顔でペンをスッと差し出した。
 銀の軸に金のペン先のついた魔道具の一つ。インクをつけなくても使える万年筆のようなものだ。

「さあ、書けるな。それとも、俺が手を添えて一緒に書こうか?」
「か、書けます。書きます……一人で!」

 アルテミラはその高級そうなペンをしぶしぶ受け取り、指し示された場所に名前を記入した。
 その直後、任命書が突然虹色の光を放った。

(これは……契約の魔法がかかっているの!?)

 しかも虹色に光るのは最上級の証し。これに署名してしまえば、契約の不履行は絶対に許されない。つまり、何があってもヴァレンスはアルテミラを聖女候補にするという意思の表れだ。

「これで、アルテミラ嬢も聖女候補だ。よろしく……いや、よそよそしいな。これからは、アルテと呼ばせてもらおうか」
「あ、はは……」

 引きつった笑みを浮かべ、アルテミラがどうやって断ろうと考えている間に、「キュウ!」と元気よくマールに返事をされてしまった。
 よしよしとマールのおでこを撫でながら、満足そうに笑うヴァレンス。
 これ以上ないというタイミングの悪さに、アルテミラは大きくため息をついた。
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