婚約破棄された崖っぷち令嬢ですが、王太子殿下から想定外に溺愛されています
非常に大盤振る舞いだ。さすがに聖女候補は待遇が違う。
しかしアルテミラは前世日本人の記憶を持った貧乏伯爵家生まれ。慎ましい生活しか知らないので、豪華なドレスも宝石にも、全く興味がなかった。
「聖女に選ばれた場合は、任期も長いからさすがに少しは自重してもらうが、前述に加え引退後は特別褒賞金。それから聖女輩出の家門には十年間の税免除も与えられる」
(……そ、それはちょっと欲しいかも)
フーデンタル伯爵家は貧乏領地。十年分の税免除は両親のため、領民のために喉から手が出るほど欲しい。
けれどもそれ以上に、もう面倒ごとには巻き込まれたくないという気持ちも強い。
「いえ……その、万が一聖女に選ばれでもして、私のような田舎者が王族に嫁ぐというのはやはり無理があると……三度も婚約破棄された身ですし……私なんかよりも、もっと相応しいご令嬢がたくさんいらっしゃるかと」
これはアルテミラの正直な気持ちだ。
本当に、結婚自体はほぼ諦めている。このまま領地に戻って、子どもたちにマジックでも見せながら、マールと一緒にゆったりと暮らしていければそれでいい、と。
「別に王族に嫁ぐ必要はない。あれは単なる慣例だ。ただ不思議なことに、聖女となると皆、なぜか目の色を変えて王族になりたがるだけだ」
ヴァレンスは鼻で笑いながら、急に冷え冷えとした声で説明をする。
けれども、そんなことを聞いても、アルテミラにはちっとも聖女になってもいいだなんて思えない。むしろ逆だ。
王国の象徴となるには、何も持っていない自分には荷が重すぎる。
ふうと息を吐き、膝に置いた手をぎゅっと握る。
「……っ、やはり、無理です」
なんとか絞り出した声で伝える。わかってもらえただろうかと、目の前のヴァレンスを窺う。
だが、ヴァレンスは静かな笑みをたたえたまま、じっとアルテミラを見つめている。その微動だにしない姿に冷や汗が出そうになる。
(……こ、こ、こ、怖いんですけど)
その笑みを顔に貼りつけたまま、ヴァレンスはマールを横に置いた。そして両ひじを足にのせ、前のめりの姿勢になると嘲るような表情で言い切った。
「俺は聖女が大嫌いだ」
「ふぇ?」
「聖女に相応しい令嬢? そんなものどうだっていい!」
(なんだか聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がする……何かの間違いよね。聖女祭を執り行う王族の、王太子殿下がそんなことを言うなんて……)
まさか、と思いつつも引きつった頬が戻らない。ヴァレンスはソファーから立ち上がるとアルテミラの横に座り直した。そして、グッと顔を近づける。
早朝の木々から匂い立つような爽やかな香りに、柔らかで甘い雰囲気が混じり合い、ふわりと漂ってきた。その香りに、アルテミラは一瞬くらりとして目を瞑った。
(いい匂い……。いや、そうじゃない! 近すぎる……!)
慌てて目を見開くアルテミラのことなどお構いなしにヴァレンスは続ける。
「だからこそ、俺は聖女とは程遠いお前のような者にこそ聖女になってもらうことを望む。真面目に選定の儀式を受けてもいいし、なんなら聖女祭を引っかき回してくれても全く構わない」
「そ、そ、そんなことおっしゃっても、無理なものは無理……」
グイグイと顔を寄せてくるヴァレンスから逃げようとして、後ろにのけ反り下がる。しかし勢いあまってソファーにぱたんと仰向けになってしまった。
そこにヴァレンスは両手をソファーの座面に置いて、ひっくり返ったアルテミラに覆い被さるように追い込んでくる。
「いいから、受けろ」
(これでは壁ドン……? いえ、ソファードン? 違う、それどころじゃない!)
「私、でなくても……います! きっと!」
追い込まれ、声を振り絞って否定すると、なぜかヴァレンスは急に真面目な顔になりアルテミラの顔をじっと見つめた。
まともに目を合わせてはいけないと、直感した。だからずっと敢えて避けていたのだが、ここへきて初めてヴァレンスとまともに目が合ってしまった。
ヴァレンスの琥珀色の瞳が小さく揺れる。それと同時に、まるで口説く時のような甘い声。
「――お前でなければ、ダメだ……アルテミラ」