婚約破棄された崖っぷち令嬢ですが、王太子殿下から想定外に溺愛されています
アルテミラが聖女候補に選ばれないことを知り、直前で別の令嬢と婚約しようとしたことも酷いが、その相手が聖女候補だったことはなお質が悪い。
国家行事でも一番大事な聖女祭を軽んじていると思われても仕方がない。
あれではヴァレンスが腹を立てるのも当然だ。しかし、聖女候補を一方的に降ろすだけでなく、魔法でトマスの前髪を焼いたり、胸ぐらをつかんで壁に打ちつけたりするのはどうなのだろう。さすがに少しやりすぎな気がする。
そんなヴァレンスの厳しい顔を思い出すと、さらにため息が長くなる。
パーティー会場では王太子らしく挨拶していたようだが、横に立つアルテミラには不機嫌の塊にしか見えなかった。
ヴァレンスが国王に呼ばれた隙に、両親と共に王都のフーデンタル伯爵家タウンハウスへと逃げ帰ってしまったので、その後のことはアルテミラにはわからない。
(お父様もお母様も帰宅してから私に聞いてきたくらいだから、きっと王家側からは何も言われずに済んだのよね……)
『あ、あ、あ、あ、アルテ! ど、ど、ど、どうして、ヴァ、ヴァレンス殿下と一緒に? ま、ま、まさか……いやいやいや……そんなことあるわけない。あるわけ……』
父親はタウンハウスへ帰ってくるなりアルテミラに詰め寄った。
アルテミラの前世と同じくらい巻き込まれ体質の父――フーデンタル伯爵は、とにかく何かことが起こるたびに慌てふためく。
ヴァレンスに付き添われている自分の娘を見たうえ、耳にした噂でひっくり返らなかっただけでも奇跡に近い。しかし聞いてしまえば確定してしまうと思っているのか、ブツブツと独り言を呟きながら部屋の中を回り続ける。
そんな伴侶に付き合っていられないと、母親である伯爵夫人が口を挟んだ。
『ねえ、アルテミラ。あなたが聖女候補になったと聞いたのだけれど、それは本当なの?』
『……いえ、なんと言っていいのか……』
『しかも、トマス様と勝手に婚約を取りやめてしまったなんて、一体どういうことなの?』
『それは私のせいではありません』
起こった出来事を一から説明していくと、父親と母親は顔色を赤くしたり青くしたりと忙しそうに話を聞いている。そうして、ヴァレンスから『聖女候補が一人足らなくなったからお前がなれ』と言われたというところで、父親が腰を抜かしてしまった。
最後にアルテミラが、『間に合わせで私を代理に指名しただけのはずですから、おそらく明日には新しい聖女候補が選出されているはずです』と力説すると、母親は『そうよね。ええ、本当に』と自分に言い聞かせるようにして、父親を引きずりながら寝室へと下がってしまった。