恋人は謎の冒険者
「大丈夫ですよ。無理しないで」
「無理はしていません。俺がそうしたいだけですから、マリベルさんが俺と一緒に歩くのが嫌なら、少し離れて歩きます」

マリベルが遠慮したのを、拒絶だと思ったようでフェルがしゅんと項垂れた。
綺麗な毛並みの大型犬が項垂れているようで、マリベルの心臓がキュンとなった。

「嫌とかじゃないです。でもそこまで迷惑はかけられません。人の多い時間帯に賑やかな通りを歩けば大丈夫です」

フェルは本物の恋人ではない。なのにこれ以上迷惑は掛けられない。

「迷惑なんかではありません。姫君をエスコートするのは騎士の勤めですから」

マリベルはもちろん「姫君」ではなく「ギルドの受付嬢」だし、フェルも「騎士」ではなく「冒険者」だ。それが比喩だとわかっているが、そう言われて悪い気はしない。

「あの、じゃあ、都合が悪い時はそう言ってください。出来る範囲でいいです」
「はい」

「恋人」役についてはフェルの方から言ってくるまでこのままにしておこう。フェルがマリベルの側にいることを選んでくれるなら、どんな役回りでも今はそれでいいと思った。

今夜もフェルはまた新しい花をくれた。今度はピンクと黄色と赤のチューリップだった。

「気を遣わなくていいのに」

そう言いながらもマリベルは嬉しかった。エミリオは道ばたの草一本くれたことは無い。贈り物をくれるからフェルが気になるのではないし、手ぶらでも歓迎だが、気遣う気持ちが嬉しい。
父が亡くなって、ずっと側にいてくれる人はいなくなった。
フェルは気づけばマリベルの側にいて、見守ってくれている。それが父への恩返しの一環だとわかっているが、今はそれでもいいと思っている。

「ごちそう様でした」
「お粗末様」

ちらりと食べ終わったフェルのお皿を見ると、魚の骨も綺麗に取り除いてお手本のような食べ方だった。

「すごく上手に魚を食べるんですね」
「養父の躾です。俺は生まれが生まれなので、他人に侮られないようにと、マナーだけは厳しかった。その時は馬鹿にしていましたが、マリベルさんに褒めてもらえたので、今は感謝しています」
「どんなときも得た知識と身につけた技術は裏切らないわ」
「まったくです。今度彼のお墓にお礼を言いに行かないと。あ、片付けは俺がします」

食べ終わったお皿の上に彼が手を翳すと、骨などお皿に残っていたものが綺麗に無くなり、お皿も洗浄されていた。

「何だか申し訳ないわ」

魔力の無駄使いのような気がして罪悪感を覚える。

「遣えるものは遣わないと。それに器を割らないようにするのに結構神経を遣うので、いい鍛錬になるんです」

真実なのかわからないが、マリベルの罪悪感は幾分和らいだ。

「マリベルさん、今夜もいいですか」

見送るため扉の前に立ったマリベルに、フェルが訊ねてきた。

「え、あ・・・はい」

頬を赤らめながらマリベルは目を瞑って顔を上に向けた。
肩にそっと手が置かれたかと思ったら、ふっと息がかかり唇が重ねられた。

昨夜と同じ・・・いや、それよりもっと気持ちよかった。
フェルの舌がマリベルの唇を割り、息とともに彼女の口の中に滑り込んできた。
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