恋人は謎の冒険者

第4章 魔物の氾濫

ズウンという地響きがして目が覚めた。
薄暗い中で、カタカタと部屋にあるものが揺れている音が聞こえた。

(な、何? というか、私どうしてまたベッドで寝ているの?)

昨夜と同じで自分からベッドに入った記憶がない。
最後の記憶はやはりフェルとのキス。まさか彼とのキスが気持ち良くて記憶がぶっ飛んだ?
それにさっきの地響きは夢だったのだろうか。
そう思った矢先、またもやズウンと音がして、部屋の中がガタガタと震えた。

窓の外を見ると、山の向こうは昇る朝日で白み始めている。何だろう。地震?
この街で暮らすようになって、地震は初めてのことだった。
起き上がって窓を開けて外を見ると、ギャアギャアと遙か森の向こうからたくさんの鳥の鳴き声が聞こえる。
そこはベアドウルフが出た森の向こうのようだ。街の人たちが「深淵の渓谷」と呼ぶ場所だった。
昔は手前にある「入り口の森」の一部だったらしいが、遙か昔魔物が大量発生した際に深い裂け目が出来た結果だと聞いている。

「え、まさか・・・・」

何だか悪い予感がする。そう思っていると、隣の部屋の窓が開いた。

(え、フェルさん?)

さっと窓枠に足をかけて身を乗り出したフェルは、あっという間に地上へと飛び降りて疾風のごとく渓谷の方へと走って行ってしまった。
ほんの一瞬の瞬きの間の出来事にマリベルは夢でも見たのかと思ったが、開いたフェルの部屋の窓からカーテンがパタパタ揺れていたのを見て、夢では無かったのだと思った。

(フェルさん、あれは身体強化?)

彼の行動に目を見張りながらも、マリベルは胸騒ぎがしてそのまま身支度をしてギルドへ向かった。

同じようなことを考えていた人が他にもいて、マリベルがギルドへ着くと、既にギルドの中はかなりの人がいた。

「あ、マリベル」
「ミランダさん、何があったんですか?」
「『深淵の渓谷』辺りが震源の揺れだったそうだけど、今偵察に何人か行っているみたいだから、その報告待ちよ」
「やっぱり『深淵の渓谷』で何か異変が」

嫌な予感しかしない。以前魔物の氾濫(スタンビート)が起こったのは五百年くらい前だと歴史の授業で習った。
別名「血の十七日間」と呼ばれている。
国中から名のある冒険者が集められ、軍や魔導騎士団が総出で討伐の任に当たった。
その時、あの渓谷には魔物や討伐隊の亡骸が山となり、街の方まで血の匂いが流れてきたそうだ。
風に乗って聞こえてくる魔物の声、人々の叫び声。風魔法による竜巻が起こり、炎の火柱が上がり、爆発音が夜昼問わず鳴り響き、土魔法の影響で地面が何度も揺れた。
次々と負傷者が運ばれてきて、ギルドや教会、演舞場や広場は負傷者で埋まった。
子供は泣き止まず、人々は眠ることも出来ず、恐怖の日々を過ごしたと記録されている。

ただ待つというのは、何倍も時間の流れが遅く感じる。
無駄に机の周りを片付けたり、医務室にいる人たちを見舞ったりしながら偵察隊の帰りを待った。

「皆、ご苦労」

ギルド長と副ギルド長が受付に降りてきてすぐ、偵察隊が戻ってきた。

「どうだった?」

偵察隊の真っ青になった顔を見て、不安が更に増した。

「間違いありません。魔物の氾濫(スタンビート)です」

辺りが一瞬、静まり返った。
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