恋人は謎の冒険者
国中のギルドに掛けられる招集、そして軍や騎士団の派遣。そうなればラセルダの街に大勢の人たちが集まってくる。
行政官のところにも直ぐさま通達が行き、渓谷のある方角への人々の行き来が制限され、周辺の村や町にも厳戒令が敷かれることになった。

本格的に魔物の氾濫(スタンビート)平定のために動き出し、冒険者達が押し寄せてくれば、休みなしの日々が続くだろうということで、ミランダさんの指示で、ギルド職員が交代で一旦家に戻り、準備をすることとなった。

マリベルもフェルと共にアパートへと戻った。

マリベルはもはやフェルがなぜ魔物の氾濫(スタンビート)の規模をそこまではっきり確認できたのかとか、そのことについて確認するつもりもなかった。
どれほどの実力があるのかわからないが、フェルは嘘を言ったり出来ないことを出来ると言ったりする人では無いことを知っている。
それより気になったのは・・・

「マリベルさん?」

部屋の前まで来て、いつものように別れようとしたフェルの袖を引っ張って、マリベルは引き留めた。

「フェルさんも、魔物の氾濫(スタンビート)の平定に行くんですよね」
「そうなりますね」

五百年前の魔物の氾濫(スタンビート)を経験した人は誰もいないが、残る文献などでどれほど壮絶だったか窺い知ることが出来る。
実際はもっと酷いかも知れない。
実力がかなりありそうなフェルに万が一のことが起るかどうかは不明だが、犠牲者は一人や二人では済まないだろう。

「待ってるから。無事に帰ってきてね。怪我をしたら・・どんな小さな傷でも私が治すから、すぐに私の所へ来てください。そうするって約束してください」

父は知らせを聞いたときには既に息絶えていた。回復術士のマリベルにも、誰にもすでに亡くなった人を生き返らせることはできない。
でも少々の怪我なら何とか手遅れになる前に治療すれば・・・

「ええ、約束します」

袖を掴んだマリベルの手をそっと握り返し、フェルは色んな色の混じった瞳でマリベルを見つめた。

「マリベルさんも気を付けてください。頑張りすぎて魔力切れを起こして、倒れたりしないでくださいね」

極限まで魔力を使い切ったら、生命を削ることになる。

「わかったわ」
「約束ですよ」

フェルが片方の手の小指を立てる。小指同士を絡ませ誓い合う。子どもの頃よくやった誓いの儀式。

「違うわ、フェルさん」

それを見てマリベルがその手を押し戻す。

「違う?」
「ええ、それは子ども同士や友達同士の約束の場合にすることよ。私たちは違うでしょ」
「それは・・もちろん、俺たちは子どもじゃないし・・でも」
「私たちは『恋人』同士なんだから、もっと別の方法があるでしょ」

マリベルがそう言って、人差し指を彼の唇に軽く押し当てる。
彼女の言わんとしていることを察したのか、フェルの目が大きく見開かれた。

「俺で・・いいんですか?」
「フェルさんとでなかったら、誰とするの?」
「きっと無事に帰ってきますから、マリベルさん待っててください」
「は・・」

『はい』とマリベルが言い切る前にフェルの唇が口を塞いだ。

マリベルはうっとりと目を閉じて彼とのキスに身を任せた。

(無事に帰ってきて)

そんな想いを込めてマリベルはキスを返した。
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