恋人は謎の冒険者
皆が恐怖に言葉を失う。
魔物の氾濫(スタンビート)はその名の通り魔物が大発生する現象。
どうして起るのかはわからないが、それは周期的に起る場合もあれば、何かの刺激で突発的に起る。
つまりは発生原因もわからず予測も難しい。
わかっているのはそれが最悪の事態だということ。

「わかった。それで、規模は?」

一番初めに声を出したのはギルド長だった。副ギルド長は「まさか、私がいる時に…」とブツブツ呟いているだけだ。

「そ、それは…そこまでは・・何しろもの凄い数の魔物の気配がして、探知機では測りきれませんでした」

偵察隊は新しくダンジョンが出現したり、魔物の存在が確認できた洞窟が見つかったりすると、まずどの程度の規模のものか確認する。
そのため風魔法と土魔法、鑑定魔法を込めた魔石を嵌め込んだ探知機を使う。
偵察隊はその探知機の測定範囲を超えたため、確認出来なかったようだ。

「それでは偵察の意味がないだろうが!」 

副ギルド長が偵察の者に対して怒った。

「まったく、子供の遣いか何かと勘違いしているのか!それでよく偵察隊だと名乗れるな」
「仕方ない。偵察にそこまでの危険は犯せないか」
「す、すみません」
「気にするな。そこまで調べるために無理をして命を危険に晒し、魔物の氾濫(スタンビート)の発生の報告が遅れることになっても大変なことだ」

ギルド長がとりなしたが、副ギルド長は「もう一度行ってこい」と息巻いている。

「『血の十七日間』と同じか、それ以上の規模と思われます」

そう言って扉からフェルが入ってきた。

「それは本当か、カラレス」
「はい。渓谷の底から夥しい魔物の気配がしました。多分数百・・千体はくだらないかと。しかもどんどん増え続けています」
「ど、どうしてお前ごときがそんなことがわかる、お前はC級だろ? 偵察隊ですらはっきり確認できなかったのに、いい加減なことを言うな! お前達もそう思うだろ、そうですよね、ギルド長」

副ギルド長の言いたいこともわかるが、すでにフェルの能力や実力は現在の階級とかなり乖離していることを皆知っているため、副ギルド長の意見に賛同する者はいなかった。

「カラレスの言うことがどの程度信憑性があるかどうかは別にして、見過ごせないレベルであることは間違いない。今すぐ国中のギルドと王都に報告してくれ」
「ギルド長、まさか騎士団や軍の出動を要請するつもりですか」
「当たり前だ。魔物の氾濫(スタンビート)なのだぞ」
「し、しかしこのC級の言葉でそれを決めてしまっていいのですか。もう一度偵察隊を・・」
「何を言っている、こうしている間も魔物は増え続け、いずれ渓谷から溢れ出してくるのだぞ」
「でも、騎士団まで・・もし大した規模で無く、こんなことで呼び出したのかと後で叱責されたら」
「「それはない!」」

ギルド長とフェルが二人同時に叫んだ。

「騎士団や軍を要請して規模が予想より小さかったとしても、それで魔物の氾濫(スタンビート)を早く抑えることが出来れば、誰も怒りはしない。むしろ、要請が遅れたり、しなかった場合のことを考えれると、そっちの方が恐ろしい。第一、騎士団はそんなことで怒ったりしません」
「お、お前に何がわかる! ギルド長が言うならわかるが、お前が騎士団の何を知っているというんだ」
「副ギルド長、カラレスの方が正しい。事態の収拾が遅れたり、被害が大きくなってからでは遅い。今から私は国中の冒険者ギルドと王都に向けて魔物の氾濫(スタンビート)の発生を通告する。規模は『血の十七日間』と同等かそれ以上。即刻C級以上の冒険者と回復術士を招集し、そして軍と魔道騎士団への出動を要請してくる」

ギルド長は冒険者ギルド長の権限で、今言ったことを実行するべく、自分の執務室へ向かった。
副ギルド長は、自分の意見が通らずギルド長がフェルの意見を尊重したことで、拳を握ってフェルを睨み付けてから「出かけてくる」と言ってギルドを出て行った。
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