せっかく侍女になったのに、奉公先が元婚約者(執着系次期公爵)ってどういうことですか2 ~断罪ルートを全力回避したい私の溺愛事情~
「私は侍女の仕事が好きでした。誇りを持って、この仕事を続けてきました。しかしドレーゼ伯爵家に配属されて、マリー様の専属になってからは……この仕事がつらいんです」
またもや、クラーラさんの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちる。私はワンピースのポケットに入れていた、ハンナにもらったハンカチを差し出した。
クラーラさんはそれを受け取ると、ハンカチの端で涙を拭いた。しかし、次から次へと溢れ出てキリがない。
「私はまだ侍女になって日が浅いから、偉そうなことをあなたに言えないけど……好きだった仕事をそんなふうに思うようになるまで追い詰められるなんて……本当につらい思いをたくさんしてきたんですね」
言いながら、しゃがみ込んで泣くクラーラの背中をさする。
「はいっ……でもいちばんは、侍女の仕事をつらいと思ってしまうことが、いちばんつらいんですっ……。怒られることよりも……。逃げ出したくなる自分が情けなくて、大嫌いです……」
なんと声をかけたらよいのか。私はまだマリー様のこともクラーラさんのこともよく知らない。適当な言葉を並べて励ますことは可能だが、果たしてそれは正解なのだろうか。
「……べつに、逃げてもいいんじゃないでしょうか」
気が付けば、そんなことを口にしていた。
「逃げても、いい?」
「はい。だって、つらいんでしょう? 大好きなものが、大好きでなくなるほど。だったら、そんな環境から逃げてもいいと思います。実際に、マリー様の専属でないときはこの仕事を好きでいられたんですから、この環境がクラーラさんを苦しめているんです」
「それはそうですが……ドレーゼ伯爵家は、アトリアでは権力のある貴族で……そこから逃げたら、次の働き口が……」
次の働き口を気にして踏みとどまっているということは、クラーラさんはなんだかんだ言いつつも、侍女をやめる気はないとみた。
「働き口に困ったら、私と一緒にエルムに行きましょう! 私の主人であるクラウス様にかけあってみるし、いろんなところにツテを持ってる執事の知り合いもいるわ!」
私は人さらいに売られそうになったが、エディがちゃんとしたツテを持っていることはたしかだ。私がおとなしく別の場所へ行くと言えば、普通に紹介する気だったと後で言っていたもの。
「だから今すぐには無理でも……逃げたくなったらいつでも言って。私、あなたに協力する。かくいう私も、決められた運命から逃げて侍女になったっていう過去があるの」
厳密にいえば、今もその運命から逃げている最中だけれど。
「……って、ごめんなさい。初対面なのに、興奮して敬語が抜けちゃった」
はっとして口を塞いだが、クラーラさんはぽかんとした顔で私を見たあと、ふっと小さく笑い始めた。
「ふ、ふふっ……ユリアーナさんは、とてもお強いのですね。まさか逃げていいなんて言われると思わなくて……びっくりして、涙が引っ込んでしまいました」
初めて見るクラーラさんの控えめな笑顔は、とても可愛らしかった。
「そうやって言ってもらえたのは初めてで、なんだか心が軽くなりました。……そうですね。もうちょっと頑張って、それでも無理なら……ユリアーナさんに相談しちゃおうかな、なんて」
「大歓迎よ! いつでも!」
「ふふ。ありがとうございます」
無意識に、クラーラさんを元気づけることには成功したようだ。
「あ、そのかわり、クラーラさんにお願いがあるの。私、昨日アトリアに来たばかりで、まだここに仲の良い同僚っていうのがいなくて。よかったら、私と友達になってくれないかしら」
「ああ! だからエルムの名を口にしていたのですね。エルムから留学生が来るというのは、私も噂で耳にしておりました。……私はここへ来て一年半経ちますが、未だに侍女仲間はおりません。そんな私でもよければぜひ……」
「そんなの関係ないわ。私、クラーラさんがいいの。こうして話したのもなにかの縁だし、ねっ! 私のことはユリアーナと呼んで」
「……ありがとう。ユリアーナ。私のこともクラーラと呼んでね」
両手をぎゅうっと握ると、クラーラさんは照れくさそうに微笑んで、私の手を握り返してくれた。
アトリアに来て二日目で友達ができるなんて、やっぱりツイている。これも、最初の森でティムとティモに会えたからだろうか。
「そういえばさっきのガラス、あそこに置いたままだけど捨てないの?」
私はちりとりに入ったまま、棚の上に放置されている粉々のガラスを指さす。
「……うん。捨てないとなんだけど……実はあれ、私にとって思い出の品で」
「えっ⁉ そうだったの!?」
「マリー様が気に入ったようだから、テーブルに飾っておいたのだけど……こうなったら仕方ないよね……」
やっと笑顔を見せてくれたと思ったのに、クラーラはまたしゅんとした表情を見せる。
詳しく聞くと、あのガラス細工は、ガラス職人の家に生まれた幼馴染からもらった、大切なものらしい。世界にひとつ、クラーラのためだけに作られたというのだ。
またもや、クラーラさんの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちる。私はワンピースのポケットに入れていた、ハンナにもらったハンカチを差し出した。
クラーラさんはそれを受け取ると、ハンカチの端で涙を拭いた。しかし、次から次へと溢れ出てキリがない。
「私はまだ侍女になって日が浅いから、偉そうなことをあなたに言えないけど……好きだった仕事をそんなふうに思うようになるまで追い詰められるなんて……本当につらい思いをたくさんしてきたんですね」
言いながら、しゃがみ込んで泣くクラーラの背中をさする。
「はいっ……でもいちばんは、侍女の仕事をつらいと思ってしまうことが、いちばんつらいんですっ……。怒られることよりも……。逃げ出したくなる自分が情けなくて、大嫌いです……」
なんと声をかけたらよいのか。私はまだマリー様のこともクラーラさんのこともよく知らない。適当な言葉を並べて励ますことは可能だが、果たしてそれは正解なのだろうか。
「……べつに、逃げてもいいんじゃないでしょうか」
気が付けば、そんなことを口にしていた。
「逃げても、いい?」
「はい。だって、つらいんでしょう? 大好きなものが、大好きでなくなるほど。だったら、そんな環境から逃げてもいいと思います。実際に、マリー様の専属でないときはこの仕事を好きでいられたんですから、この環境がクラーラさんを苦しめているんです」
「それはそうですが……ドレーゼ伯爵家は、アトリアでは権力のある貴族で……そこから逃げたら、次の働き口が……」
次の働き口を気にして踏みとどまっているということは、クラーラさんはなんだかんだ言いつつも、侍女をやめる気はないとみた。
「働き口に困ったら、私と一緒にエルムに行きましょう! 私の主人であるクラウス様にかけあってみるし、いろんなところにツテを持ってる執事の知り合いもいるわ!」
私は人さらいに売られそうになったが、エディがちゃんとしたツテを持っていることはたしかだ。私がおとなしく別の場所へ行くと言えば、普通に紹介する気だったと後で言っていたもの。
「だから今すぐには無理でも……逃げたくなったらいつでも言って。私、あなたに協力する。かくいう私も、決められた運命から逃げて侍女になったっていう過去があるの」
厳密にいえば、今もその運命から逃げている最中だけれど。
「……って、ごめんなさい。初対面なのに、興奮して敬語が抜けちゃった」
はっとして口を塞いだが、クラーラさんはぽかんとした顔で私を見たあと、ふっと小さく笑い始めた。
「ふ、ふふっ……ユリアーナさんは、とてもお強いのですね。まさか逃げていいなんて言われると思わなくて……びっくりして、涙が引っ込んでしまいました」
初めて見るクラーラさんの控えめな笑顔は、とても可愛らしかった。
「そうやって言ってもらえたのは初めてで、なんだか心が軽くなりました。……そうですね。もうちょっと頑張って、それでも無理なら……ユリアーナさんに相談しちゃおうかな、なんて」
「大歓迎よ! いつでも!」
「ふふ。ありがとうございます」
無意識に、クラーラさんを元気づけることには成功したようだ。
「あ、そのかわり、クラーラさんにお願いがあるの。私、昨日アトリアに来たばかりで、まだここに仲の良い同僚っていうのがいなくて。よかったら、私と友達になってくれないかしら」
「ああ! だからエルムの名を口にしていたのですね。エルムから留学生が来るというのは、私も噂で耳にしておりました。……私はここへ来て一年半経ちますが、未だに侍女仲間はおりません。そんな私でもよければぜひ……」
「そんなの関係ないわ。私、クラーラさんがいいの。こうして話したのもなにかの縁だし、ねっ! 私のことはユリアーナと呼んで」
「……ありがとう。ユリアーナ。私のこともクラーラと呼んでね」
両手をぎゅうっと握ると、クラーラさんは照れくさそうに微笑んで、私の手を握り返してくれた。
アトリアに来て二日目で友達ができるなんて、やっぱりツイている。これも、最初の森でティムとティモに会えたからだろうか。
「そういえばさっきのガラス、あそこに置いたままだけど捨てないの?」
私はちりとりに入ったまま、棚の上に放置されている粉々のガラスを指さす。
「……うん。捨てないとなんだけど……実はあれ、私にとって思い出の品で」
「えっ⁉ そうだったの!?」
「マリー様が気に入ったようだから、テーブルに飾っておいたのだけど……こうなったら仕方ないよね……」
やっと笑顔を見せてくれたと思ったのに、クラーラはまたしゅんとした表情を見せる。
詳しく聞くと、あのガラス細工は、ガラス職人の家に生まれた幼馴染からもらった、大切なものらしい。世界にひとつ、クラーラのためだけに作られたというのだ。