せっかく侍女になったのに、奉公先が元婚約者(執着系次期公爵)ってどういうことですか2 ~断罪ルートを全力回避したい私の溺愛事情~
「……ーナ、ユリアーナ!」
「……んっ……」
 声が聞こえて、まどろみの中目を開く。
「おはよう。起きた?」
「……クラウス様っ⁉」
 目の前にクラウス様の綺麗な顔がばーんと飛び込んできて、私はがばっと上半身を起こした。
 そうだ。アトリアへ行く道中、馬車の中で寝ちゃったんだ。
前回みたいに目覚めたら人さらいの馬車の中、なんてことは起きていないわよね? と思い周りをきょろきょろ見渡すも、クラウス様以外の姿は見えなくて、ほっと胸を撫でおろす。
「ユリアーナ、寝起きから色っぽい声を出さないでくれ。襲いたくなる」
 前言撤回。人さらいと同じくらい、今身の危険を感じています。
 私が身体を後退させると、クラウス様はさわやかな笑顔のまま「冗談だ」と言った。まったく冗談に聞こえない。だって、目が本気だったもの。それより、色っぽい声を出した覚えもないんですが!?
「アトリアに到着したようだ。天気がいいし、一度降りてみないか?」
「は、はいっ。というか、ごめんなさい。ギリギリまで寝てしまって……」
「構わない。君の寝顔を見られて、俺は朝から機嫌がいい」
 ク、クラウス様に寝顔を見られた……!? 私、変な顔をしてなかっただろうか。恥ずかしいより、そっちの心配のほうが大きい。
 私は服の皺を伸ばすと、クラウス様に手を引かれて馬車から降りる。
 クラウス様の言った通り空は快晴で、雲ひとつない青空が広がっていた。
「わぁ……!」
 あまりに綺麗で、ため息が漏れる。
 周囲を見渡すと、どこかの森の中のようだ。見える距離に大きな湖があり、涼しげな雰囲気である。
「湖のところに行ってみようか」
 私が湖を見ていたからか、クラウス様がそう言ってくれた。ふたりで湖の近くまで歩く。
近くで見る湖は空の青と光が反射して、とても綺麗な色をしていた。
「すごい。キラキラしてる」
「本当だ。キラキラして――って、なんだか光が浮かんでいないか?」
 前のめりになって湖を見ていると、隣でクラウス様がよくわからないことを言い出した。
「光が浮いてるなんて、そんな――」
 言いかけたところで、目の前に水色の光が飛び込んでくる。
 たしかに浮いているし、湖よりキラキラしている。これはなんだと思いクラウス様のほうを見れば、クラウス様の目の前にも同じような光が。そっちは緑色に光っていて、クラウス様の周りをふわふわと浮遊しているではないか。
 すると、突然光がぱんっと弾けた。眩しくておもわず目を閉じると、次に目を開けたときには――小さな精霊がふたり、楽しげにケタケタと笑っていた。
「ようこそ! 魔法国アトリアへ!」
 驚いている私たちに、ふたりが声を揃えてそう言った。
「……君たちはアトリアの精霊か?」
 クラウス様が言うと、精霊たちは自己紹介を始める。
「そうだよ! ボクがこの湖の精霊ティムで……」
「ワタシがこの森の木に宿る精霊のティモ!」
 言いながら、ふたりともくるりと一周回ってみせる。
 私の目の前に飛んでいるのがティムで、クラウス様のほうにいるのがティモ。
 両方手のひらサイズの、羽が生えた精霊だ。口調的にティムは男の子で、ティモは女の子みたい。見た目もすごく似ていて、ティムはくるくるとした水色のショートヘアで、ティモは肩くらいの緑髪のストレートだ。
「ボクらは国境近くのこの場所で、いつもアトリアに来た人たちをお出迎えしているんだ! 姿を見せないことも多いから、キミたちはツイてるね!」
「へぇ。そうなのね。嬉しいわ。アトリアの精霊に会いたいって思っていたから。ね? クラウス様」
「ああ。そうだな」
 到着してすぐ、精霊に会えるとは思わなかった。ティハルトしか見たことなかったから、こんな小さな精霊もいることに胸が躍る。ふたりともとってもキュートで可愛らしい。
「そんなふうに言ってもらえるなんて、ワタシたちも嬉しいわ! なんだかテンション上がってきちゃった。ねぇティモ、ふたりに幸せのメッセージを送ってあげましょうよ」
「いいね! 賛成!」
 なにやらふたりが楽しそうにしている。動くたびに小さな光がキラキラ舞って、思わず見惚れてしまう光景だ。
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