バイバイ、リトルガール ーわたし叔父を愛していますー
それはほんの偶然だった。

すみれは駅前の大きな書店で好きな作家の新刊本を探していた。

いつもなら近所の小さな書店で購入するのだけれど、その日に限ってその書店は休業していた。

すみれは書店が好きだ。

まだ読んだことのない本が沢山置いてあるその状況にわくわくする。

本の数だけ未知の物語がある。

その日のすみれもそんなうきうきした気持ちで、書店の入り口に平積みになっていたその青い表紙の新刊本を手に取った。

まだ誰にも触れられていない新しいインクの匂いがした。

ふと雑誌コーナーのある通路を見ると、見慣れた茶色のチェックのシャツが横切った。

見間違えるはずがない。

それは航のお気に入りのシャツだった。

すみれは後ろから驚かそうと、そっと航の背後へ近寄った。

そんなすみれを追い越して、シルクのブラウスに細身のパンツスーツを着た女性が、航の肩を後ろからポンと叩いた。

すみれはとっさに本棚の陰に隠れた。

航の肩を叩いた女性は、麗華だった。

振り向いた航は明るい笑顔で、麗華の肩を軽く叩いた。

そして航は手にしていた星座の本を麗華に見せた。

ふたりはその本を一緒に眺めながら、楽しそうに話し始めた。

私に見せる顔とは全然違う航君。

大きな口を開けて笑う私の知らない航君。

それを麗華さんは知っている。

すみれは航のそんなくつろいだ笑顔を見たことがなかった。

航と麗華はすみれから見ても、お似合いの、大人のカップルに見えた。

すみれと航が手を繋げば「パパ活」と言われてしまうのに、麗華と航だったらきっと素敵な「恋人同士」と周りに祝福されるのだろう。

航君、そんな顔、麗華さんに向けないでよ。

私だけを見てよ。

私を姪ではなく、ひとりの女として見てよ・・・。

ふいに麗華がすみれの方を向き、はっきりと視線が合った。

そのときすみれは知った。

初めからすみれの存在に麗華は気付いていたのだのだと。

麗華は勝ち誇ったように、唇に人差し指を立ててみせた。

すみれは顔を逸らし、何でもない風を装ってレジに行き、新刊本を買った。

けれど楽しみにしていたその本の内容など、もうどうでもよくなってしまっていた。

この心に燃えたぎる痛みが嫉妬だと気付くのに時間はかからなかった。

航と麗華は書店を出て、近くのバス停で立ち止まった。

そしてしばらくするとバスが到着し、ふたりはバスに乗り込んだ。

楽し気な航と麗華の姿が青白く光る涙でぼやけた。

胸が苦しくて熱く痛み、息が出来なくて、すみれは壁にもたれ大きく深呼吸をした。

きっと航君は麗華さんのことを憎からず思っている。

もしかしたら航君も麗華さんのことを・・・。

航君は麗華さんに告白されたらどうするのだろうか?

やっぱり私の為に断るのだろうか?

ふたりを乗せたバスが小さくなるのを、すみれはただみつめることしか出来なかった。

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